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「ある特別な患者」書評 医師が語る 衝撃・葛藤・無力感

評者: 行方史郎 / 朝⽇新聞掲載:2022年02月12日
ある特別な患者 医師たちの人生を変えた患者たちの物語 著者:芝 瑞紀 出版社:サンマーク出版 ジャンル:健康・家庭医学

ISBN: 9784763139122
発売⽇: 2021/12/02
サイズ: 19cm/446p

「ある特別な患者」 [著]エレン・デ・フィッサー

 医師や看護師らが「自分の人生を変えた患者」について語る89の物語。オランダの新聞で2年間続いた連載をまとめた一冊で、いい意味で予想を裏切られた。
 本紙にも「患者を生きる」という連載がある。当事者や周辺、主治医らに記者が取材を重ね、物語をつむぐ。かつて編集に携わった身でいえば、同じ病を抱えた人や読者が前向きな気持ちになれるようにとの思いがどこかあり、紆余(うよ)曲折はあろうとも希望を失うことはない。
 ところが本書ではときに容赦ない展開や結末が待っている。むろん心温まるドラマもあるのだが、印象に残るのは無力感に打ちひしがれ、正解のない問いを前に立ち尽くす姿の方だ。
 たとえば、駅で暴漢に襲われ昏睡(こんすい)状態で運ばれた学生の命を救った医師。学生は1年後に晴れて退院する。だが、あるとき、自分の元患者がみな重い障害を抱え、知能が著しく低下していることを知って衝撃を受ける。やがて学生とも再会し、「奇跡を起こした」と信じていた当時の思いは崩れ去るのである。
 オランダでは日本とは違って安楽死が合法化され、胎児の障害の有無などを調べる出生前検査も普及していると聞く。命の始まりや終わりをめぐって、判断に迷うようなこともあまりないのかと思いきや、そこで繰り広げられる葛藤は日本と何ら変わらない。
 良かれと思った治療を勧めるパターナリズムに代わり今ではインフォームド・コンセントが定着した。セカンドオピニオンも当たり前になり、患者との距離感が生まれたとの指摘もある。そんな時代のあるべき関係を探る一助にもなる。知識や技術の吸収に忙しい医療系の学生、若い従事者らがこうした本に触れる機会があってもいい。
 なお本書の所々に太文字で強調された部分がある。私が目を留め、感じ入ったのは必ずしもそこではなかった。人にはそれぞれの価値観と楽しみ方がある。
    ◇
Ellen de Visser オランダの日刊紙「デ・フォルクスラント」の科学ジャーナリスト。本書は英語版からの重訳。