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栗原心平さん「私の一品」 ふきの香りと味がきわだつ「きゃらぶき」
コンビーフと麻婆春雨
――心平さんはやっぱり小さい頃からよく料理をしていたんですか。
小2か小3ぐらいのときに、日曜日の朝食をよく作っていましたね。スクランブルエッグとコンビーフキャベツが自分で作った料理の一番古い記憶かな。日曜日は両親とも起きるのが遅かったんですけど、僕は見たいテレビ番組があって早起きだったんです。起きておなかが空くものだから、両親が起きてくるのを待っているよりも自分で作って待っていた方がいいなって。
――なかなか効率的な方法ですね。新刊『栗原家のごはん』(大和書房)には、レシピのほかに家族への想いを綴ったエッセイも収録されています。一人ひとりとの思い出の料理は何かありますか。
父(ニュースキャスターとして活躍した栗原玲児さん)といえば、コンビーフを手作りしていました。“corned(塩漬けの)”というよりも、牛ポトフみたいな煮込みだったんですけどね。肉屋で買ったこだわりの塊肉を野菜と一緒に塩漬けして1週間置いて、10時間ぐらい煮るんです。そのスープと一緒に食べるんですけど、肉がホロホロでやわらかい。それを1年か2年に1回くらい作っていました。父はどちらかというと、洋食で育っているらしく、洋食が多かったんですよね。
――お母さんの栗原はるみさんといえば?
母はやっぱり、麻婆春雨ですね。母のレシピ名だと「春雨とひき肉の煮物」です。給食のない土曜日に学校から帰ってきて、これがお昼ご飯に作り置きしてあるとテンションが上がりました。
――お姉さんの栗原友さんも料理家として活躍されていますが、お姉さんに何か作ってもらったことは?
どちらかというと僕が作らされていた方が多いので(笑)。あ、でも、小学生のころ、レトルトカレーに薄切りの牛肉を炒めたものを入れてマヨネーズを溶かしたカレーを作ってもらったことがあります。姉に作ってもらって、その後自分でもハマって作っていました。母の仕事の関係で余った薄切り肉やこま肉が冷蔵庫に眠っていて、撮影用だから結構いいお肉だったんですよね。
――カレーにマヨネーズを溶かすんですか⁉︎
はい。マヨネーズって油だし、酸味があるので、けっこう美味しいんですよ。チャーハンにソースをかけて食べるなど、わりといろいろやりたがる方ではありましたね。
――心平さんにとって料理はとても身近だったわけですが、大学卒業後はお父さんが立ち上げた「ゆとりの空間」で働いています。料理家としての道を歩んでいくことになったきっかけは何かあるのでしょうか。
23歳のころに、女性誌でレシピ連載のお話をいただいたんです。母の仕事関係の方が自宅で撮影していたこともあって、僕が料理することを知っていたんですよね。当時、僕はスーツを着て「ゆとりの空間」の営業マンとして働いていたので、合間を縫ってやれる範囲でということでお受けしたのが始まりでした。
そこから10年間ぐらいは、忙しい中で自分が適当にやっていることも含めてチャチャッと作るレシピでいいと思っていました。でも、それは自分には合っているけれど、他の人や他の家庭に合っているかどうかは別問題なんですよね。いま思えば、当時のレシピは再現性が低かったんじゃないかな。
料理番組「男子ごはん」が転機に
――あるインタビューで、料理番組「男子ごはん」にレギュラー出演し始めた頃(2012年8月)に料理家として自分なりのポジションを見つけられたとお話しされていました。ターニングポイントとなるような出来事があったのでしょうか。
小林ケンタロウさんから番組を引き継いだというところが大きいですよね。僕自身、別で番組を一緒にやっていてすごく可愛がってもらっていたというのもあって、ケンタロウさんは料理だけでなくインテリアまで含めてライフスタイル全般を提案するような料理家さんだというのをわかっていたんです。この番組を引き継ぐには番組を通して僕のライフスタイルを出していかないといけないし、ただの料理番組じゃなくて料理一つひとつの工程の背景が見えるようにしないといけないと思いました。「男子ごはん」をケンタロウさんから引き継ぐことが、料理全般について深く考えるきっかけとなったんです。
――そうやって料理家という仕事と真剣に向き合うことになったんですね。レシピ作りで大切にしていることは何ですか。
やっぱり再現性が高くないといけないと思っています。そのためには、まず、いじくりまわしたレシピにしないこと。複雑なレシピは、美味しかったとしても年に1回作ってくれるかどうかだと思います。それと、手に入りやすい食材を使うこと。そして、日常使いしている食材でも、例えば火入れの順番やカットの仕方で味や食感が変わることをしっかり説明して伝えていきたいんです。やっぱり料理って、ある意味、化学式的なところがあって、経時変化や味の入れ方などもいろいろあるので、ひと手間かける理由をちゃんと知ってもらいたい。振り返れば、母はそういう“ひと手間”をやっていたんだなと思います。母は「さもないこと」って言っていますけど、案外「さもあること」なんですよね。
――最近は時短レシピが流行りですが、美味しさにつながるひと手間を惜しんではいけないですね。
僕は「時短」という言葉があまり好きじゃないんです。「簡単料理」と「時短料理」は、ちょっと違う気がするんですよね。時短が先行しちゃって美味しさがなくなってしまったら、決していいレシピとは言えない。美味しくするために必要な手間は省いてはいけないと思います。
料理が育む創造性と段取り力
料理家として目指すべきは、家庭の定番になるレシピを作り続けることなんですよ。そう思うのは、母の背中を見てきたことも影響しています。僕よりもずっと年下の二十歳ぐらいの女性から「栗原はるみさんのレシピで育ちました」と言われることもあって、母のレシピは世代を超えて確かに受け継がれています。それこそが料理家の本来の仕事や役割なんじゃないかなと思っています。
――まさに新刊『栗原家のごはん』では、栗原家で世代を超えて受け継がれてきたレシピが紹介されています。
時代が変わるとトレンドも変わりますが、一方で流行り廃りが関係ないレシピが間違いなく存在しているんですよね。例えば、五目煮や肉じゃが。そういう普遍的なレシピがある。この本は、そうしたものの塊だと思っています。
味的にも絶対にぶれない味というのがあって、わりと栗原家は味が強いんですよ。醤油の甘じょっぱい感じがベースで、そこから足し算や引き算をしていく。だから、味がぼやけにくいし、経時変化にも案外強いんです。栗原家のレシピはメイン料理もありますけど、大半が惣菜なんですよね。
――作り置きにも向いていますね。
そう。それが家庭の食卓の真実でもあるんです。今日作った副菜は、残ったら明日も食べるし、なんなら明後日も食べます。毎日食べ切る分だけ作るというのは現実的ではなくて、そうやって作った料理が少しずつ重なっていくのが家庭の食卓の真実なんですよね。
だから、栗原家はやっぱり品数が多いんです。僕もそれを受け継いでいるので、家では漬物なども含めて15、16品が並んでいます。
――私も含め、日々の料理で品数やレパートリーで悩んでいる人は多いですけど、そうやってリレーのように作り置きのバトンをつないでいけば、意外と解消できるのかもしれません。
そうなんです。だって、一日に5、6品も作れないですよ。それと、いまの日本の家庭料理って多様化しているので、組み合わせももっと楽に考えていいと思います。パスタの前にほうれん草のおひたしが出たっていいし、洋風ドレッシングでサラダを食べた後に焼き鳥重を食べたっていい。それが日本の食卓の多様性だと思うんです。
――確かにもっと自由でいいと思えば気が楽になりますね。最後に、これから料理家としてやっていきたいことを教えてください。
僕はものすごい段取り魔なんです。すごく効率的に動きたいと思っているし、段取りを考えてから事に臨むということが多い。「それってなんでだろう?」と考えたときに、やっぱり小さい頃から料理をしてきたからだなと、最近になって思い当たりました。できる人もいるんでしょうけど、料理って基本的には突発的に始めて適当に味付けするってことができない。最初にどういう建て付けでどんな仕上がりにするかを想像して、そこに向けて段取っていくもの。段取りができるのはちょっとした能力だと思っていて、先を見通すことや創造性につながるものだと思います。
この自分が体験したことを子どもたちにも体験してもらいたいんですよね。料理をすることで、自己肯定感や褒められる機会も生まれるし、段取り力を含む非認知能力を育むきっかけにもなると考えています。いわゆるクリエイティブ脳を鍛えるわけです。いまはオンラインで子ども向けのクッキングスクールをやっているんですが、今後はリアルも含めて総合的なきっかけを与えられるような場を作っていきたいなと計画中です。