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呪いにこめられた愛憎劇 独自の進化を遂げた呪術本4冊

“歪み”が魅力の最新型呪いホラー

 『漆黒の慕情』(角川ホラー文庫)は、昨年『ほねがらみ』でデビューした新鋭・芦花公園の第3作。前作『異端の祝祭』で活躍した心霊現象の専門家・佐々木るみと助手の青山幸喜が再登場を果たしている。

 絶世の美青年である塾講師・片山敏彦は姿なきストーカーに悩まされている。執拗なストーキングは日に日にエスカレートし、彼を慕う教え子にまで異変が起こり始めた。旧知のるみによると一連の出来事には、何者かによる呪詛が関わっているという。

 一方、青山は知り合いの小学生・横沢七菜香から、呪いの都市伝説について相談を受けた。その話を聞いた者の夢の中に「ハルコさん」という黒髪の女が現れ、自殺した息子を探すよう命じる。探せなければ地獄に連れていかれるというのだ。怯える七菜香を救おうと青山は奮闘する。

 呪いに説得力を与えるリアルな怪異描写と、ばらばらの事件が意外な形でリンクする巧緻なストーリー。その両方を兼ね備えた『漆黒の慕情』は、読み出したら止まらないジェットコースター小説だ。しかし秘密の趣味にふける片山を筆頭に、登場人物の多くはダークな一面を備えており、彼らの織りなす錯綜した人間ドラマが、スマートになりがちな物語をいい意味で歪め、より奇怪なものにしている。

 このどこか過剰さを感じさせる展開こそ、他にはない芦花作品の魅力。最後の最後まで気が抜けない、新感覚の呪いホラーを味わってみてほしい。

サスペンス満点の伝染系ホラー

 現代作家が呪いというモチーフを好んで扱うのは、おどろおどろしい世界を描けるのと同時に、サスペンス性や謎解き要素を強めることができるからだろう。阿泉来堂『忌木(いみき)のマジナイ 作家・那々木悠志郎、最初の事件』(角川ホラー文庫)は、そんな呪いの効果をフルに生かした長編ホラーだ。

 文芸編集者の久瀬古都美は、担当するホラー作家・那々木悠志郎から未発表の小説原稿を預けられる。久しぶりに帰省した実家で、古都美はさっそく「忌木の呪」と題されたその原稿を読み始めた。

 北海道のとある地方都市には、木の根元に写真を埋めると、写っている人間のもとにおぞましい怨霊が現れる、という噂があった。「崩れ顔の女」と呼ばれるその幽霊の顔を見たものは視力を失い、精神に異常をきたすというのだ。小説には呪いにかかった小学生・篠宮悟が、噂の調査に訪れた那々木とともに、迫りくる怨霊から逃れようする姿が描かれていた。

 ところが奇妙なことに、原稿を読んでいる古都美の周囲でも崩れ顔の女が目撃されるようになる。なぜ彼女まで呪われなければならないのか? 呪いへの対処法は存在するのか? 命の危機を感じながら、古都美は必死に原稿を読み続ける。

 デビュー作『ナキメサマ』以来、インパクト満点の怨霊キャラを生み出してきた阿泉来堂。中でも虚実の境を飛び越え、両手で顔を覆いながら接近してくる「崩れ顔の女」の怖さは、ちょっと洒落にならないものがある。

 不条理に思える呪いに、厳密なルールが存在しているのも本書の特色。古都美が呪われた理由が判明するとともに、現実と作中作をつなぐある仕掛けが見えてくる、という構成が鮮やかだ。鈴木光司『リング』の流れを汲む、“伝染系”ホラーの新たなる快作といえる。

切なくもおぞましい愛のホラー

 それにしても呪いとは何なのか。綿世景『化け物たちの祭礼 呪い代行師 宮奈煌香(みやなこうこ)』(二見ホラー×ミステリ文庫)には、「呪いと願いは紙一重」という印象的なフレーズがある。「こうなって欲しい、ああなって欲しい、そういう願望がマイナスに作用したとき、それは願いではなく呪いへと形を変える」のだと。

 主人公・宮奈煌香は、呪いや憑き物を体内に取り込むことで除霊する「呪い代行師」。何百年にもわたってこの危険な仕事を続けてきた一族の末裔だ。広い屋敷でひっそり暮らす彼女のもとに、「猫憑き」に悩む依頼人がやってきた。同様の相談が相次いでいることを不審に思った煌香は、猫を使った呪術の存在を疑う。しかしいったい誰が、何のために?

 人前では仮面を外さない呪い代行師、彼女が姉と慕う全盲の天才霊能者、怪異に欲情する私立探偵、そして屋敷の一室で絶叫する古い金庫。オカルト的な設定をふんだんに盛りこみ、独特の世界観を作りあげているホラーミステリ。後半で明かされる異常な事件の真相もさることながら、宿命に翻弄される煌香たち異能者の姿がもの悲しい。「願い」と「呪い」のせめぎ合いを描いた、歪んだ愛の物語としても読める。

定番の呪術解説本が復活

 呪術について深く知りたい方は、豊嶋泰國『図説 日本呪術全書 普及版』(原書房)がおすすめだ。わが国に伝わる呪術を「密教系」「修験道系」など8つのカテゴリーに分けて紹介した定番の解説書である。しばらく入手困難な状況が続いていたが、呪術ブームの影響だろうか、昨年末にソフトカバーの普及版として復刊された。

 著者によれば呪術とは、「神仏あるいは、ある種の超自然的な威力によって災禍を免れたり、起こしたりすること」。つまりプラスとマイナスの両方向に作用するものだという。そのため取り上げられている呪術は、人間の願望ほぼ全部をカバーしている。

 戦勝祈願、病気平癒、恋愛成就などはもちろんのこと、泥棒を足止めする、家出人を帰らせるといった身近なまじない、人を呪い殺す、死者をよみがえらせるといった生死に関わる儀式もある。呪術の世界は想像以上に広く、深い。

 オリジナル版の刊行は1998年。当時オカルト好きの学生だった私にとっては、懐かしい青春の書でもある。今回久しぶりに再読して、インターネット時代の今日なお並ぶもののない情報量にあらためて圧倒された。