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中島美嘉さんの「WILL」が大木亜希子さんにもたらした奇跡

2002年8月に発売された中島美嘉の5枚目のシングル「WILL」

 13歳の夏、生まれて初めて自分のお金で買い物をした。

 購入したのは「WILL」という曲のCDで、当時流行した「天体観測」というドラマの主題歌だった。

 劇中でこの曲を聴いてからというもの耳から離れず、千円札を握りしめ近所のCDショップに買いに走った。

 「一人CDを買うことくらい、別に慣れてますんで」。

 店のレジに並ぶ時、そんな飄々とした姿を演じたが、実際はひどく緊張していた。

 一枚千円もするCDを買うという、大人と同じような行動をしていることに自分でも動揺していたからだ。

 自宅に戻り、さっそくリビングのCDコンポにキラキラと光るディスクを差し込む。

 流れてきた中島美嘉さんの声は繊細な少年のようで、しかし、どこかトロみがあって、艶っぽかった。

 胸の奥がたちまち疼き、今まで誰にも見せたことがない部分をグッと掴まれた気がする。

 おそらく曲の舞台は、ある晩夏の夜。歌の主人公は10代の若者だろう。

 日々、寂しさと不安に押しつぶされそうになりながらも生きる主人公の隣には、互いの孤独を埋め合える「友達以上恋人未満のパートナー」がいる。

 それが愛と呼べる関係性なのかは、おそらく当事者である彼ら自身にも分かっていない。

 ただ彼らは、暗闇のなかキスをしたり、同じ向きの望遠鏡を覗き込み夜空を見上げたりし、モラトリアムな時期を共に過ごす。

 こうしていつしか大人になってしまった主人公は、ある時、再び夜空を見上げる。

 その時、ふと「これまで人生で起こったすべての出来事は偶然ではない。自分の意思により選んできた、必然だったのだ」と悟る。

 それが、私なりの曲の解釈であった。

 この曲は歌詞だけではなく、メロディも良い。

 主人公の「その先」を感じさせるような、余韻を残した素晴らしい終わり方なのだ。

 その日から私は、「WILL」を擦り切れるくらい聴いた。

 この曲を、もっと深く理解したい。その一心だった。

 ところが薄情なもので、しばらく聴いたあと私はすっかり聞き飽きてしまい、そのCDを紛失してしまった。

    ◇

 それから数年が経った頃、私はSDN48というアイドルグループのオーディションを受けることになった。

 書類審査を通過し、待ち構える二次面接では、なんと歌唱審査があるらしかった。

 ところが私は、歌もダンスも素人のため歌える曲がほとんどない。
思い悩んでいたその時、「WILL」を思い出した。

 そうだ、あの曲を歌うことにしよう。人生で最初にCDを買った曲だし、思い入れもある。

 そう思い立った私は、審査前日までカラオケ店にこもり、ひとり「WILL」を歌い狂った。

    ◇

 二次審査当日。

 書類を通過したアイドル候補生たちが、都内某所の会議室に集められた。

 それぞれ緊張した面持ちで華やかな服を着ており、むろん、私もその一人であった。

 数人の審査員を前に名前と年齢、簡単な自己PRをすると、すぐ歌唱審査に移る。

 その審査方法は、いわゆる「のど自慢形式」だった。

 審査員が「この子の歌声はしばらく聴いていたい」と思えば、審査にかける時間は長くなる。

 一方で「見込みナシ」と思われたり、音痴が確定したりすれば、早い段階で曲は止められてしまう。

 つまり、サビまで到達できない。

 私の出番が回ってくる。緊張のあまり、眉間にシワを寄せながら歌い始める。

 するとAメロの段階で「はい。もう、そこまでで結構です」と言われてしまった。

 それは、あまりにも一瞬の出来事だった。

 その瞬間「あ、確実にこの審査には落ちたな」と思った。実に潔く。

 ところが、なぜか最終的には合格してしまい、私はそのままアイドルになった。

 何がきっかけで合格したのか、未だによく分かっていない。

 しかし、10年以上が経過した今も私はこの一連の出来事を「WILLが繋げてくれた奇跡」だと、ぼんやり思っている。