僕の名前は、ペトロ。
飛行士として宇宙中を旅している。
68年ぶりに地球に帰る途中だった。
親友みたいに慣れたこの飛行機が壊れるまでは……。
「うわーーーー」
僕の虚しさたっぷりな声だけが響き渡る、無限の砂漠にいる。
飛行機はまさかの燃料切れだ。
あれだけ前の星で確認してきたっていうのに、ついていない。
いや、ついていないだけでは片付く訳ない。
このどこを振り向いても、赤茶砂漠が広がるこの地はいったいどこなのだろう。
壊れた飛行機の横にポツんと立つしかなかった。
風ひとつ感じない砂漠。
「ここは一体どこなんだろう……」
僕の頭の地図には出てこない。
間違いなく言えるのは、地球ではないってことだけ。
僕は途方に広がる砂漠を歩き始めた。
あてもなく。
足元は砂の中にいちいち埋まり、地表の熱さが足を襲う。
「暑いな……こりゃ水もいずれ尽きる。参った」
僕は夜になるのを静かに待つことにした。
「夜になったらきっと涼しくなるはずだ」
目を開けると、あたりは真っ暗になっていた。
いつしか僕は眠りに落ちていたようだ。
空に光る星だけが唯一、僕の目に明るさを運ぶ。
暑さを超えて寒くて仕方がない、砂漠ならではの気候だ。
僕は飛行機にもたれた身体をゆっくりと動かし、180度見渡した。
「ん?!?!」
目線の先には、空に浮かぶ星たちが渋みを出すほどの光が、どうやら砂漠から発されている。
「この光は明らかに空からの光じゃない。砂漠になにか落ちてる!」
僕は夢みたいな確信を持ちながら、光輝くほうへと力を振り絞り、足を動かした。
ザクザクザク
しっかりと意味の持つ足音が聞こえる。
すると光はこちらに向かって近付いてくるじゃないか。
「? うごいて……る?」
僕は真っ暗な景色を覆すほどの真っ黄色の光が明らかに動いてることがわかった。
次の瞬間、僕は幻みたいな姿を目にした。
キラッキラッに巨大な頭を光らせ、それに見合わない小さな身体、そして豪勢な正装をした人間のような星のような物体が、僕の目の前にきた。
「初めまして」
その巨大光らせ頭が僕に向かって話しかけた。
「は、じめまして」
「あなたは、こんな場所で何をされているんですか?」
目を眩しくて開けていられないほど、巨大な頭は光っていた。
「あ、地球に帰ろうと飛行機を飛ばしていたんですが、どうやら故障してしまったようで、この地に不時着してしまいました。あなたはここの住人ですか?」
聞きたいことは山ほどあった。
でもいまは一刻も早く地球への近道を知りたかった僕は、巨大すぎる頭の謎も、光っていることも聞いてる時間はなかった。
「地球かぁ。ずいぶん遠くの星まで来てしまったね」
「ここ、火星じゃないんですか?」
「違うよ。ここは太陽系ではなく、もっともっと広い銀河系のひとつさ」
「え。まさか銀河系まで吹っ飛ばされていたなんて」
「地球までは、相当な年月がかかりそうだね」
「何か、飛行できる機械や、修理できるところはありますか?」
「あるよ。こっちにおいで」
「え?!?」
僕は嬉しくてたまらなかった。
巨大光らせ頭はずっと穏やかな顔つきで、僕の質問に答えてくれた。
そして、ドシドシと道を誘導しているようだ。
僕は必死についていった。
ついていった先には、地面がドアのようになっている。
「ここは?」
「この星は、とてもじゃないけど外にはいられない。君じゃきっと2、3日くらいしか生きられない。だから、この地の下で過ごすんだ」
「なるほど。だから砂漠しか見当たらなかったわけか」
僕はこの薄暗い地でもしかしたら息を途絶えて死んでいたかと思うと、たちまちこの巨大光らせ頭が神様に見えた。
そして、吸い込まれるように地下へと入っていく。
丸く螺旋のように繋がる階段を降ると、巨大な箱型機械が見えてくる。
この巨大な光らせ頭が入るくらいのどでかいどでかい箱型だ。
「これでさらに下に行くのかい?」
「そうだよ。これで3000m下に下がるんだよ」
「え? 3000m?!」
「そうだよ」
「この星はすごくおおきいんだね」
「あぁ」
時間の感覚はもうよくわからないが、きっと地球の時間にしたら4分くらいで地下3000mについた。
そこには煌びやかに明るい景色が待っていた。
町というよりでっかい城の中のようだ。
この巨大光らせ頭が充分にご飯を食べられる大大大円卓があり、その上にはみたこともない食べ物が豪勢に並んでいる。
そしてキラッキラの壁、5万人くらい座れるソファなど、自分が小人に思うほどの世界だ。
「こりゃすごい。ここは君のおうち?」
「他にもいるけど、主に僕だよ。気に入った?」
ニッコリ垂れ目でこちらをじっくり見ている。
「あ、あぁ。飛行機は一体どこで修理したら?」
「飛行機を修理するのはまだ早いよ。とりあえず、ゆっくり見ていってよ」
巨大光らせ頭はきっとここを見せびらかしたいのか、僕を案内した。
廊下は黄色やオレンジの光でクッションみたいな床をしている。
右をみても左をみても部屋に繋がるであろう扉が並んでいる。
扉のドアノブは、ダイヤモンドみたいに輝く宝石だ。
「ここはすごい。お宝屋敷みたいだ。キラキラしていない場所はないし、星より眩しい」
この巨大光らせ頭の輝きが馴染むほど、それはそれは明るい景色だ。
「でも一体誰もいないけど、他の人はどこにいるんですか?」
「もうじきみんなでてくるよ。仕事の時間だからね」
僕の頭に一瞬違和感が通ったが、あまりの巨大屋敷に気を取られ、あまりその時は気にしなかった。
だが数分後、思っていた通りになる。
急に、オルゴールの音色で爆音のアラームが鳴る。
美しいんだか、騒音なんだかわからない耳あたりだ。
それが合図かのように、たくさんの人がどこからともなくやってきた。
だが僕は、出てきた人に驚いた。
こんなに明るい世界に、灰色みたいな色をした人しかいない。
とても暗くて、みんな下を向いて早足にどこかに向かう。
「え? この人たち……なんでこんな暗いんですか?」
「暗い……? これが普通だよ、ここじゃ。変わってない。君の普通が普通じゃないだけさ」
そうは言っても明らかにおかしい。
こんな巨大光らせ頭がいる地なのに、こんな小さくて、暗くて、下しかみない生き物なのは違和感しかなかった。
すると、巨大光らせ頭の頭に一人の小さな人がぶつかった。
するととっさに「王子様、失礼しました」と言った。
僕は聴き逃さなかった。
「王子様……?」
「ここの者たちはみんな、私を王子様と呼ぶんだよ。君も今日から私を王子様と呼びなさい」
その瞬間、巨大光らせ頭の目つきはおどろおどろしく変わった。
睨みと冷酷さを持った歪みの目つきだ。
「どうゆうことだ?」
そして僕は意識を失った。
どれくらい時間がたっただろうか。
僕が目覚めると、そこは暗くて何も見えない場所だった。
「すいませーん。誰か? 誰かいませんかー」
僕はとにかく叫んで助けを呼ぼうと思ったが、真っ暗なまま。
すると、暗闇の中からノックが聞こえた。
僕は一体どこにドアノブがあるのか、暗い中手探りで探した。
角っこにどうやらドアノブらしい気配があったので、思い切って開けた。
すると、外にはさっき一斉に飛び出してきた小さい暗い人が一人立っていた。
「君、新人?」
その人は、とても高い声だった。
目はくりくりおっきくて、鼻はマッシュルームみたいな形をしている。
顔全体が黒紫みたいに暗い。
「新人? ……僕はさっきあの光る頭の人に連れてこられて、部屋をみてたら、きゅうに……」
「みんなそう。ここはあの人の城だよ。ある意味ね」
「あの人はなんなの? 王様なのか?」
「王子様。あの人は星の王子様」
「星の王子様?」
「って呼べと言われてる。でも王子様なんかじゃなくて、ただのこの惑星を自分のものにしようとしてる木星人だよ」
僕は頭が混乱した。
あの巨大光らせ頭の正体は、あの巨大な木星だったのか。
木星に手足がついたようなあの見た目、まさにしっくりきてしまった。
「あの木星が人となって、このガルド星にやってきた。きっと目的はガルド星侵略。ここの星はもともと地底に住む人がたくさんいたんだけど、ある日あの木星人がやってきた。そこからは一瞬であいつの星になりつつある。この星に元々いるみんなは体が小さくて、気が弱いから……」
「あの木星人のためにあなたたちは何をしているの??」
「私たちはとにかくあの木星人が作ったキラッキラのお城の掃除さ。掃除することでその日のご飯がもらえるんだ。だから掃除しない者はいない。みんなご飯がほしいからね」
「でも、あんなやつの言いなりになっていていいのか?」
「仕方ない。私たちは身体も小さいし、とてもじゃないけどあの木星人には敵わない。従うしかないんだよ。そりゃ穏やかな生活に戻りたいなって思うこともあるけど」
「じゃあ、生活を戻そうよ。あいつをこの星から追い出すんだ!」
僕は自分でもおかしな言葉を発してしまったとも思いながらも、こんな暗い表情を浮かべたガルド星人たちを放ってはおけなかった。
だから僕はこのガルド星侵略を考える、巨大光らせ頭の追い出し計画をこの日からした。
僕もあっけなくこの地底城に監禁されてしまったが、ここはもうみんなで力になるしかないと思った。
毎日、毎日、僕は考えた。
城の掃除中、何か武器になるものがないか、道具はないかなど、くまなく目を広げた。
巨大光らせ頭が1日1回近づいてくる。
「やぁ、地球人よ。ちゃんと掃除してんのか? どんどんこの地底城を広げていくぞ〜」
バカらしいくらいデカい声で話しかけてくる。
僕は目も合わせずに、この縁もゆかりもない木星人に頭をさげる日々。
僕は、ガルド星人たちにひそかに毎日ひとつ、硬い石となる宝石を集めるように指示した。
気付かれぬよう、それぞれの寝床を倉庫にして貯めてきた。
きっと僕がこの星にやってきて5、6年が経ったんじゃないか。
僕たちは最大の武器を腕いっぱいにかかえて、砂漠を徘徊していた木星人に背後からしのびより、みんなで巨大光らせ頭めがけて宝石をぶつけていった。
「うわわわわわわわわわ」
巨大光らせ頭の木星部分にはたくさんの宝石がささっていった。
そして、第二軍のガルド星人たちが後からやってきて、勢いよく巨大光らせ頭を押した。
するとあんなに重く巨大な木星人はボフッという音を出しながら、宇宙の彼方へ消えていった。
ガルド星には「やったー!」「おー! 自由だー!」との声が鳴り響いた。
僕は初めてこの時、ようやくこのガルド星に不時着した意味を分かった気がした。
「はぁ、なんだかやりきったら眠くなっちゃったなぁ」
僕はこのまま知らぬ間に瞼を閉じてしまった。
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ピヨピヨピヨッ
「はっ!!」
目覚めると、そこはベッドに寝ている僕。
「あれ?」
「おはよ、ピット」
「あ、ママおはよ」
「あんたまた、この絵本読んでたのー?」
「そうだよ、また怖い夢みちゃった」
「だからもうこれはもうやめなさいって。悪夢みるんだから……」
「でもさ、僕もペトロみたいになりたいんだ。いつか宇宙に行ってみたいな〜、ガルド星に」
「そんな星、おとぎ話よー」
僕の枕元には、“星の王子様”の絵本が。
絵本の世界を夢にしてしまう、そんな不思議な言い伝えがある。
きっとガルド星はあると僕は信じてる。
(編集部より)本当はこんな物語です!
サハラ砂漠に不時着した飛行士の「僕」は、「おねがい……ヒツジの絵を描いて!」という小さな声で目を覚まします。そこにいたのは、小さな星からやってきたという「王子さま」。王子さまの星やそこから地球に至るまでに訪れた星々についての話を聞くうちに、僕は王子さまの考え方にひかれていきます。飛行機の修理が終わったとき、王子さまも星に戻っていきます。
小さな星から来たという王子さまの感受性を通して、現実世界での合理主義的な価値観や効率主義が相対化されていく。サン=テグジュペリが、自身の不時着体験をもとに執筆したとされている作品です。
カレンさんの作品は、最近カレンさんがこっているメタフィクションの手法で書かれています。原作とカレンさんの作品は、いずれも現実と物語世界の距離感をぐらつかせることで読者に考えるきっかけを与えています。