この連載も5月で2周年を迎える。最近は友人などから「この本屋はどう?」と情報提供を受けることが時々あるが、今回訪ねたFOLK old book storeは、まさにアーティストの友人に教えてもらった場所だった。
なんでも「過去に展示をしたギャラリーと同じ人が運営しているが、ギャラリーはそこにはなくてカレーがある」とのことだったが、この友人の情報だけでは、一体どんな本屋なのかよく分からない……。百聞は一見に如かずということで、ある日曜日の朝、訪ねてみることにした。
1階は喫茶スペース、本屋は地下に
店がある大阪市中央区の高麗橋界隈を、散歩がてら歩いてみる。製薬会社の営業所がやたら目に付くなあと思っていると、突然ガソリンスタンドが現れた。このスタンドの隣が、FOLK old book storeが入居するビルだった。シャッターが閉まっているので、これからオープンするようだ。建物をじっと眺めているとそこに、自転車に乗った男性が颯爽と現れた。代表の吉村祥さんだった。以前紹介した、シカクのたけしげみゆきさんは鮮やかな黄色の自転車だったけれど、吉村さんのはオレンジ。さすが大阪自転車も派手だ。
「これもう17年乗ってるんですよ~」
長年の相棒を店前に止めて鍵を開けてもらうと、スパイスの香りが鼻いっぱいに広がった。これは相当お腹が空くやつだ……と思い店内に入ると、そこにあったのはキッチンカウンターとテーブルだった。あれ? ここ本屋ですよね? 吉村さんによれば1階は曜日ごとにカレー/紅茶/レモンケーキ&喫茶のスペースで、地下が本屋になっているそうだ。
「以前は1階に本を置いて地下でライブイベントをしていたんですけど、1階でライブをやりたいって声があって。そのたびに本を移動するのが大変だったので地下を本屋にしたら、カレー屋だと思って来る人が多くて。地下のトイレに向かって初めて、本屋だと気づくお客さんもいます」
確かに店を一見しただけでは、本屋とは分からない。入口から見える場所に「地下1F:本屋」と書いているけれど、スルーされがちなのだという。でも店の中に入ると、少し急な階段の先に本棚が見えてくる。臆せず進むと、四角い空間に本と雑貨が、所狭しと置かれていた。
「old book store」なのは最初は古本屋だったから
東大阪市出身で大阪芸大を卒業した吉村さんは、生粋の浪速っ子。サラリーマン家庭で生まれ育った彼は、ふと24歳ぐらいの頃に「この先どうしよう」と考えるようになった。これまでずっと触っていたものは何か? 本は常に手に取っているし、そういえば子どもの頃大好きだった本屋が地元にあった。本屋の存在は自分にとって身近だったし、本屋はその日何も買わなくても小さな子ども達にも、全ての人に扉を開いている。色々思案しているうちに、本屋を始めようと思うようになっていった。
「自分が文化系というのもあるんですけど、本屋に入ると安心感があるし、学生時代に某牛丼チェーンでアルバイトしてた時はすぐにイヤになってしまったのですが、本は毎日触っていても、まったく苦にならなくて」
2010年9月に天神橋で産声をあげ、2012年1月に現在の場所に移ったが、店名にあるように古本屋でのスタートだった。
「最初は自分の持っていた本を売ってたんです。オープン初日に、家にあった荒木経惟さんの『センチメンタルな旅・冬の旅』が、値付けもしてなかったので1000円で売れて。それが高いのか安いのかも分からなかったけれど面白かったし、『もうこうなったら、店を続けるしかない』って思ったんですよね」
その後吉村さんは、独自に仕入れたり買い取ったりした本の値付け勝負を、お客さんと楽しんできた。が、3年ほど前に突然、「新刊の面白さに目覚めた」という。
「これは後付けの理由になるんですけど、古本集めは受け身なのに対して、新刊は自分の好きなものを集められるなと。今は新刊5、古本5の在庫になっていますが、そこまでキッチリと割合を決めているわけではありません」
ジャンルにこだわりはなくエロを描いたもの以外は置いているが、マンガやイラストレーションが好きだと語るとおり、ビジュアルが目をひく本が多めの印象だ。同じフロアにギャラリースペースもあるが、友人はここで写真展をしたのだろうか?
「その方が写真展をしたのは、谷町6丁目の『POL』というギャラリーです。堀江にある『Pulp』というギャラリーと、音楽イベント企画をするHOPKENとFOLK old book storeの3つで、共同運営しています。ちょうど全員が同じ時期に活動を始めたこともあり、漠然と『一緒に何かやりたいね』と話していたところに空き物件情報が入り、形にしました」
架空設定だった絵本専門店、実店舗を昨年オープン
店の中をゆっくり一周して、1階に戻る。やっぱり、どう見ても香りをかいでも、カレー屋に思えてしまう。平日のみ営業している「谷口カレー」はもともと、前回訪ねた中崎町で週1日、別の店を間借りする形で営業していた。店主の谷口智康さんと共通の知人がいたことから、5年ほど前にFOLK old book storeの一角で、店を続けることになったそうだ。しかし本屋とカレー屋&喫茶が、同じ場所に集まるとは。
「空いてる時間を使ってもらえて、お客さんの層も増えて合理的です」
なるほど、と感心していると、吉村さんが「隣を開けに行く」と言った。ついていくとガラス張りの扉の奥に、絵本がずらりと並んでいた。隣は子どもの本屋ぽてとという名前の、絵本専門店になっていた。
洞窟感溢れるFOLK old book storeとは一転して、白と木目を基調にしたぽてとの店内は、温かみのある明るさに溢れている。そしてレジカウンターに置かれている、キヤノンのピクセルの看板が気になって仕方がない。吉村さんによれば、この場所には50年以上続く印刷屋があり、そこが閉店する際に頂いたそうだ。
「大家さんがFOLKと同じ人で隣が空くと聞いたので、1カ月半ぐらい考えた末にこちらも借りることにしました。もともとマンガやイラストレーションが好きなんですが、絵本は昔からマンガ家やイラストレーターが手がけていることも多くて。だから絵本を置く店を作ってみようと思ったんです。最初は架空の絵本屋という設定でイベント出店をしていたのですが、2021年12月に実店舗にしちゃいました」
名前をぽてとにしたのは、子どもの好きな食べ物の代表格だから。ぽてとも絵本も、確かに子どもの大好物だ。でも子どもが1人で店に来るわけではないので、隣より数は少ないものの、大人が読める本も棚に並べている。この日はジェンダーやダイバーシティなど、子どもと一緒に考えたいテーマの本が目についた。
そんなことを話していると、母親に手をひかれた子どもが入ってきた。2人ともすぐに絵本に引き寄せられ、真剣なまなざしでページに見入っている。そんな様子を静かに見守る吉村さんは、どこまでも穏やかだ。
「当時は若かったから『北浜ってなんだか良さそうだ』というイメージ先行で移転して来たけれど、最初から『何か面白いものがありそうだ』と、わざわざ目指して来る人が多かった。でもぽてとを開いたら通りすがりの人がすっと入ってきて、マスキングテープを買って帰ったりするんです。そんな彼らの多くが、隣の地下に本屋があることを知らない。でもこのスッと入って来てくれる人がいるぽてとに、今は希望を感じています」
最初は古本屋だったから「old book store」としたけれど、このoldは100年ぐらい経ったらbook ではなく、storeにかかるようになればいい。ぽてととともにずっと続いていくことを願っていると、吉村さんは笑った。
北浜は古くは、薬問屋の街だった。ランドマークとなった、薬の神様の炎帝神農とスクナビコナを祀る少彦名神社ができたのは、今から約240年前の1780 年のこと。吉村さんが1人で240年店を続けるのは難しいけれど、きっとぽてとの本で育った中から、思いを継ぐ人が現れるに違いない。そんな未来のために子どもたちには絵本を。大人たちにはアートやコミックなどの栄養を、どんどん送り続けて欲しい。
次こそはカレーもレモンケーキも食べたいし紅茶も飲みたいし、2店の棚もじっくり見たい。本を探すのはもちろんだけど、それ以外の欲望も満たせる場所がある北浜は、私にとっても「なんだか良い街」なのではないかと思う。
(文・写真:朴順梨)
吉村さんが両方の店から選ぶ、今読んで欲しい3冊
●『10代のための読書地図』本の雑誌編集部(本の雑誌社)
小さい頃から、気をぬくと「こうじゃないといけない」と思い込んでしまう性格で、ずっとそれと戦ってきた気がします。本を読むことで色んな生き方、考え方があって本当はどう生きてもいいと知ってほしいです。
●「みえるとかみえないとか」ヨシタケシンスケ、伊藤亜紗(アリス館)
他人から押し付けられる「当たり前」はもちろん、自分にとっての「当たり前」もうたがえるようになれたらいいなと思います。その入り口におすすめです。
●「ドミトリーともきんす」高野文子(中央公論新社)
高野文子の颯爽とした漫画で、湯川秀樹など遠い存在であった4人の科学者を身近に感じられます。過去の科学者たちの一つひとつの思索がいま身の回りにある便利なあれにもこれにも、未来にも続いていくことに思いを馳せられます。