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シカク(大阪) ま~るく収まらないパッションが集まる、ZINE・インディーズ書籍の聖地

シカク代表の、竹重みゆきさん。

 先日、大阪に行った。今、執筆している人の故郷が大阪で、本人はもうこの世にいないけれど、関係者の話が聞けることになったからだ。でもせっかく行くのだから、大阪の本屋に寄ってみたい。時間が限られる中、1軒だけ行くとしたらどこがオススメなのだろう?

 『離島の本屋』を出版した「ころから」の木瀬貴吉氏なら知っているはずだと思い連絡すると、「シカクに行ってみるがいい」と返信があった。

 し、シカク? ちょうどその頃、笑福亭仁鶴師匠が亡くなったというニュースを見ていた私は、ま~るく収めてくれる四角い仁鶴のことで頭がいっぱいになった。「なぜその店を勧めるのか」も聞きそびれたまま、書店シカクがある大阪・千鳥橋に向かった。

自転車、そして自転車

自転車が黄色い理由は、「以前盗まれたので目立つ色にしました」とのこと。

 大阪市の北西にある此花区、JR大阪環状線の西九条駅から阪神電車で1駅外側のこの町は、中小の町工場や住宅がぎっしり立ち並ぶ、いかにも大阪の下町といった界隈だ。

 最寄り駅の阪神なんば線千鳥橋駅を出ると、すぐに自転車屋が見えた。シカクに向かって歩いていくと、また別の自転車屋がある。この界隈は自転車の需要がハンパないようだな、とか考えながら進むと、白い壁の前に見事なレモンイエローの自転車が停められていた。そこが、シカクだった。

 こんにちは、と声をかけて店に入る。入口すぐの左側の壁に「シカク」と書かれたちょうちんと、子どもの頃に読み漁っていた少女ホラーコミックを彷彿させる、どこか耽美主義的でおどろどろしいイラスト(語彙力がなくうまく表現できないのが口惜しい)が飾られていて、しばし立ち止まってしまう。するとシカク代表の竹重みゆきさんが、高校の同級生でイラストレーターの原田ちあきさんの作品だと教えてくれた。

以前展示をした際に店で買い上げたという、原田ちあきさんの作品。

書店経験なし、いきなり店と本作り

 現在31歳の竹重さんは、専門学校を卒業した翌年の2011年5月に店をスタートさせ、同時にミニコミ作りを始めた。アルバイト含めて書店経験なしで、いきなり自分の店なんて、すごい。

 「最初はもう1人いて、2人で始めたんです。元パートナーなんですけど、学生時代に『お互い卒業したら店をやろう』と言われて。でもいつの間にかいなくなって、気付けば1人になってました」

 この元パートナーとの顛末は、竹重さんによる『シカクはこうしてこうなった』の1と2に詳しい。涙と笑いなしでは読めないそちらを手に取って欲しいので、ここでは割愛する。

プロの力を借りつつ、竹重さんもペンキ塗りを手伝ってできた店内。

 店の中には新刊や雑貨もあるが、圧倒的に多いのはZINEやミニコミなどのインディーズ書籍だ。建築物、旅、酒場、ラブホテル、納豆……。あらゆるものがZINE化されていて、それがずらりと並んでいる。どれもこれも初めて見るものばかりで、気になって仕方がない。竹重さんは当初からインディーズ書籍をメインに置きつつ、自分でも発行したいと考えていたそうだ。でも卒業後すぐに店を始めたなんて、しつこいようだが本当にすごい。

 「最初の店は大阪駅の北側にあたる北区の中津にあったんですけど、オープン当初の在庫は自分たちが作った本2冊と、持ち込まれた『恋と童貞』というZINEしかなかったんです。店を借りると家賃がかかりますが、家ならタダだと思ったので、当時流行っていた“住みびらき”でやってました。でも、だんだんしんどくなってきて」

 住みびらきとは、自宅の一角をパブリックスペースとして解放すること。自宅兼店舗は珍しくないが、住みびらきの場合は生活スペースとパブリックスペースがほぼ一緒なので、生活そのものを見られるという点に大きな違いがある。以前紹介した西荻窪の「ロカンタン」が、まさに住みびらきと言えるだろう。

 竹重さんと元パートナーは、商品を増やすべくイベントを開いたり、文学フリマに足を運んだりして著者との接点を増やしていた。するとそのタイミングでZINEブームがやってきて、一気に在庫が増えた。当然、私物の置き場がなくなるし、当時は土日しか営業していなかったとはいえ、客がいる場所では具合が悪くなっても寝込むわけにはいかない。限界を感じて中津商店街の一角に移転し、1階は店、2階を住居とスペースを分けた。

 これにて一件落着かと思いきや、築80年以上の建物でトイレの配管が壊れていたため、とんでもない異臭とコバエに悩まされたりと、めでたくないことばかりが襲ってきたそうだ。

 「でも何より、扱いたい本が増えたことで手狭に感じて。今の店舗の3分の1程度の広さしかなかったので、移転しようと思って色々探していたら、たまたま千鳥橋に物件があったんです」

店側の入口扉には、これまで展示をした作家がイラストを寄せている。

パッションを感じるものをセレクト

 こちらも築60年は経っていたその建物は、1階はガレージ、2階はアパートとして使われていたが、ゴミがあふれていた。まさにゴミ屋敷状態だったものを、「知り合いの大工のおじいちゃん」にお願いして壁や柱などを作り替えてもらい、ギャラリースペースを併設して2017年7月に移転オープンした。と同時に、もとの中津の建物を「ギャラリー・ハッカク」というスペースにした。

 2店舗同時運営で多忙を極める中、パートナーが姿を消した。2人で始めたのに1人になってしまった訳だが、竹重さんはもはや1人ではなかった。ライターのスズキナオさんとラブホのZINEを作っている逢根あまみさんらが、シカクのスタッフになっていたのだ。

店の左奥は、ギャラリースペースになっている。

 「持ち込まれたものを全て入れているわけではなく、委託審査をしているのですが、皆でセレクトをしています。だからまずサンプルを読んで、自分の好みではなくてもパッションを感じるものがあれば、『ちょっと私にはわからないけどどう思う?』って聞くようにしています」

 「私は学生時代はマンガ好きなオタクだったので、オシャレなZINEを置こうとは思わないし、本ににおいがつきそうだから、店でコーヒーとかを出すのもどうかと思っていて(笑)。作家さんの本を作りたい熱に、乗っかってお店をしている感じです」

 現在の在庫は約3000冊だが、新刊の割合を増やすと他の書店に近くなるので、気になるものがあってもシカクに置くかは別なのだと、竹重さんは語った。「『西九条 本屋』で検索するとうちが出てきてしまうので、『鬼滅の刃』を求めて来るお客さんもいて。それはお互い不幸な出会い方ですけどね (笑)」

 かなりあくの強い品揃えだが、中津時代から含めて10年続けてきたことで、今では「ここに来れば面白い本と出会える」と、目指してくるお客さんが圧倒的だ。

 千鳥橋は選んで来たわけではないが、いざ引っ越してみたら下町の風情が残っていて、ホームセンターや区役所も自転車で行ける距離にある。頑張れば、大阪環状線の西九条駅からも歩いて来られる。そんなところが気に入っていると語った。

レジ前にずらりとステッカー類が並んでいるが、雑貨は全体の1割程度なのだそう。

書店で買える書籍も出す「シカク出版」

 竹重さんの本作りは、以前はZINEがメインだったが、今では「シカク出版」として書籍も手掛けている。それらはこの取材翌日に開催される「文学フリマ」で販売する予定なのだと教えてくれた。

 ということで翌日、文学フリマに行ってみた。コミケなど即売イベントに行ったことがなかったわけではないが、あらゆるジャンルのミニコミやZINEが会場に溢れていて、圧倒されてしまった。文字で表現したい人が、この世にこんなにもいるとは!

 会場をきょろきょろしていると、モスクワの地下鉄をテーマにした本と出会ってしまった。旧共産圏で作られたものが好きな私は、素通りなどできるはずがない。ここは危険だ……と思いながら竹重さんを探す。竹重さんもかつてはここで、著者との素通りできない出会いを果たしていたのだろう。でも今はこうして、自身も著者&発行者の1人として参加している。2人が1人になることは、しんどいばかりじゃない、自由な未来(と人に話せるネタ)につながることもある。うん、きっとある。

 ところで、なんでシカクなんですか?

 「色々なものを入れる箱の意味で、最初は□にしていたんですけど、それだと逆にGoogle検索に引っかからなくて。だからカタカナのシカクにしました」

 なるほど。仁鶴は関係なかったか。その仁鶴はもういないけれど、大阪には到底まるくは収まらないパワーにあふれたシカクがある。大阪に行く誰かがいたら、今度は私が「シカクに行くがよい」と言ってみたい。

(文・写真:朴順梨)

竹重さんのオススメ

●『くそつまらない未来を変えられるかもしれない投資の話』ヤマザキOKコンピュータ(タバブックス)

 お金を使う時にどういうことを意識したらどういう風に社会や未来が変わっていくかが、陽気で読みやすい文章で書かれています。毎日の買い物が「これも推しへの投資」という前向きな意識になります!

●『さよたんていの おなやみ相談室』さよたんてい(ぴあ)

 小学3年生のさよたんていが、大人たちの真剣な悩みを切れ味鋭く打ち返すやりとりが軽妙でたまりません。なぜか何度も繰り返して読んでしまうし、何度読んでも愉快な気持ちになります。

●『シカク運営振り返り記 シカクはこうしてこうなった』1・2(シカク出版)

 手前味噌で恐縮ですが、私・たけしげがシカクの開店からの歩みを綴ったエッセイです。暴走といっても過言ではないほどのメチャクチャな運営ぶりとドロドロした内情とが絡み合って面白いと言ってもらえることが多いです。

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