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「世界はコロナとどう闘ったのか?」書評 命の不平等示した歴史の転換期

評者: 藤原辰史 / 朝⽇新聞掲載:2022年04月02日
世界はコロナとどう闘ったのか? パンデミック経済危機 著者:アダム・トゥーズ 出版社:東洋経済新報社 ジャンル:経済

ISBN: 9784492396650
発売⽇: 2022/01/21
サイズ: 20cm/422,63p

「世界はコロナとどう闘ったのか?」 [著]アダム・トゥーズ

 ナチスの経済政策や、二〇〇八年のリーマン・ショックとギリシャ債務危機の研究で世界の読者の信頼を得た著者が本書で挑戦したのは、現在進行形の危機、すなわち、コロナ禍がもたらした世界経済の危機だ。
 現在は歴史の転換期だと言われるが、渦中にある私たちはそれを曖昧(あいまい)にしか捉えられない。本書はコロナ禍が私たちに迫った方向の転換のありさまを、世界各地の情勢を細かく調査し、力技でまとめ、説明する。
 それを三つだけ挙げれば、第一に、病院の医療までも市場経済のメカニズムに委ね、余剰病床も医療設備も最小限まで削った新自由主義が、コロナ禍には太刀打ちできず、その代わりに、先進経済国は次々に国庫の蛇口を緩めたこと。困窮する人々の支援に驚くほどの財政出動を行った。
 第二に、空前絶後の金融危機が起こる寸前で、アメリカの連邦準備制度理事会(FRB)が大規模な市場介入を発表し、「経済を生き返らせた」。だが、回復の利益は富裕層を中心にもたらされ、世界の貧困層には届かない。ワクチンも先進国と開発途上国とで圧倒的な普及の差が生まれたように、コロナ禍は命の重みは平等でないことを世界に示したのである。
 第三に、感染対策を怠ったトランプ氏が大混乱をもたらし、ブラック・ライブズ・マターや議事堂襲撃事件など米国社会の暗部を露呈させた一方で、世界における中国の存在感が増したこと。中国は、初動には失敗したが、強引にウイルスを封じ込めてから、経済活動をいちはやく再開し、南米や中東にワクチンを送り、世界経済と温暖化対策を牽引(けんいん)している。
 今回の事態を著者がロックダウン(都市封鎖)ではなく、シャットダウン(活動停止)と呼んだのは慧眼(けいがん)だ。危機の深刻さがよりダイナミックに理解できる。多岐にわたる全体史的叙述なので批判も多そうだが、コロナ経済史のたたき台としては、申し分ない重厚さだ。
    ◇
Adam Tooze 1967年、英国生まれ。コロンビア大歴史学部教授。著書に『ナチス 破壊の経済』『暴落』など。