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「侵食される民主主義」(上・下)/「人権と国家」 血が流れなければ他人事なのか 朝日新聞書評から

評者: 阿古智子 / 朝⽇新聞掲載:2022年04月16日
侵食される民主主義 内部からの崩壊と専制国家の攻撃 上 著者:市原 麻衣子 出版社:勁草書房 ジャンル:社会思想・政治思想

ISBN: 9784326351831
発売⽇: 2022/02/19
サイズ: 20cm/200,36p

侵食される民主主義 内部からの崩壊と専制国家の攻撃 下 著者:市原 麻衣子 出版社:勁草書房 ジャンル:社会思想・政治思想

ISBN: 9784326351848
発売⽇: 2022/02/19
サイズ: 20cm/211,32p

人権と国家 理念の力と国際政治の現実 (岩波新書 新赤版) 著者:筒井 清輝 出版社:岩波書店 ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784004319122
発売⽇: 2022/02/21
サイズ: 18cm/230,6p

「侵食される民主主義」(上・下)[著]ラリー・ダイアモンド/「人権と国家」[著]筒井清輝

 「世界は民主主義の不況に陥っている」。政治学者のラリー・ダイアモンドは早くから警告していた。民主主義を脅かすのは支配者の腐敗と権力欲、議会や裁判所の監視制度の弱さであり、民主主義国にも広がるポピュリズムは政治権力への自由で公正な競争を破壊している。
 民主主義が衰退の一途を辿(たど)る一方、専制はより抑圧的で攻撃的になっている。「専制の十二段階プログラム」に沿って進行する権威主義では、反対派は悪者と扱われ、裁判所やメディアは独立性を維持できず、市民社会の抑圧、経済界への脅し、公共放送やインターネット、公務員や治安機関への厳格な統制、選挙規則の改悪が顕著である。
 ロシア・ウクライナ戦争は権威主義と民主主義の代理戦争の様相を帯びている。民主主義陣営がもっと早くに打つ手はなかったのか。
 ゼレンスキー大統領はドイツの連邦議会での演説で、ドイツがロシアでのガスパイプラインの建設を止めず、安全保障より経済を優先したことを批判した。ロシアの元諜報(ちょうほう)員への軍用神経ガスによる暗殺未遂事件やプーチン大統領に敵対する人物への殺人事件が相次いでも、イギリス政府はロシアのクレプトクラシー(民の資金を横領し支配階級が富と権力を増やす腐敗した政治体制)の資金調達に広く門戸を開いてきた。
 ダイアモンドは、「隠密的、強制的、腐敗的」な「シャープパワー」を浸透させるロシアや中国など権威主義国による戦いはハードパワーへとエスカレートしつつあり、差し迫った脅威は東アジアにあると強調する。
 ウクライナのように血が流れていないから、香港やウイグルの問題は日本にとって他人事(ひとごと)なのか。台湾はどうなるのか。国際社会が重大な人権侵害を見過ごさず、軍事的な衝突を回避する方法があるのではないか。
 社会学者の筒井清輝は人間は本質的に自分の所属する集団の外には無関心であり、普遍的人権思想の歴史は長くはないと述べる。植民地の住民を人権保障の対象から除外し、民族自決権は人種で限定した。欧米諸国は人権外交を掲げながらも自国の事情を優先させてきた。ルワンダのジェノサイドなど、大国には戦略的な重要性を持たない地域の人権侵害は黙殺された。
 二十世紀、内政干渉を嫌うはずの国家が互いに自らの権力を縛る人権システムを発展させた。これには「国家の偽善」の側面もあるが、国家の剝(む)き出しの権力行使が深刻な人権侵害を生むという筒井の指摘は示唆的だ。「人権力」の強化は不可欠だ。人類の窮地を救うために。
   ◇
Larry Diamond 米スタンフォード大フーバー研究所シニアフェロー。ジャーナル・オブ・デモクラシー誌共同編集者▽つつい・きよてる 1971年生まれ。同大フリーマンスポグリ国際研究所シニアフェロー。