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映画「死刑にいたる病」に主演の阿部サダヲさんインタビュー 「一生に一度あるかないか」のシリアルキラー役

阿部サダヲさん

血が流れるのは得意じゃない

――原作は、1件の冤罪をきっかけに連続殺人事件の真相に迫っていくサイコサスペンスですが、阿部さんがこの小説を読んだ感想を教えてください。

 妻が原作本を持っていたので、今回のお話を頂いてすぐに読んだのですが「すごい作家さんだな」と驚きました。ストーリーがおもしろいのはもちろんですが、事件や犯人について詳しく描かれているので、きっと作者の櫛木さんはこういった事件を相当調べて、シリアルキラー(1カ月以上にわたって一定の冷却期間をおきながら複数の殺人を繰り返す連続殺人犯)の本も読んでいるんだろうなと思いました。

 櫛木さんが「シリアルキラーの作品をずっと書きたかったけど、好きすぎるからこそ今までは書けなかった。なので、本作が初めて書いた作品です」と仰っていたそうです。それほど詳しい方だからこそ描けた作品なんだなと思いました。

――犯行シーンは、文字を読むだけでも怖いと感じる描写でしたが、阿部さんは元々こういったサスペンスやミステリー作品を読みますか?

 実は苦手なので、普段はあまり読まないんです。僕は血が流れたりするのもあまり得意ではなくて、ゾンビですら怖いタイプで(笑)。なので、高校生たちをいたぶるシーンは読んでいてすごく怖かったです。

――阿部さんは今年で役者歴30年目を迎えられますが、これまでこういった殺人鬼役を演じたことはなかったそうですね。

 今まで刑務所に入っている役を演じたことは割とあるのですが、ここまでひどい殺人鬼を演じたことはなかったですね。いたぶるハードなシーンは気持ち的にはきつかったですが、今回のようなシリアルキラー役は日常のシーンも含めて演じていて新鮮でした。

 シリアルキラーということも含め、この榛村という人物は一生に一度あるかないかくらいの役だったんではないかなと。なかなか経験できないことをお芝居でやれるって役者の特権ですから、初めはびっくりしましたが、白石監督にお声掛けいただけたことが嬉しかったですね。

©2022映画「死刑にいたる病」製作委員会

「人のいいパン屋」が実は

――阿部さんが演じた榛村は、普段は人のいいパン屋の主人ながら、その実態は何十人もの人を残虐な方法で殺害するという役どころでした。榛村をどんな人物と捉え、撮影に臨まれたのでしょうか。

 セリフや行動から「榛村はこんな人物だ」と捉えることはなかったです。榛村は、自分から雅也に「自分の冤罪を証明してほしい」と手紙を出しているのに、「それをどうするかは君が選んでくれるかな」と人に決めさせている。そうやって何でも人に決めさせている人だから、きっと自分の本当の気持ちは誰にも言わないんだろうなと思いました。

 それに、榛村って突発的に何かをする人ではないから、その気持ちがどんなものだったのか、どれだけ考えて分かろうとしてみても、最後までやはり分からないままでした。こんなに多くの人を残虐な方法で殺すなんて、理解できることではないと思うので。なので僕は、撮影中以外は全然違うことを考えていました。ずっと榛村でいようとしたら多分僕が壊れてしまうので、そっちの方が精神的にもいいんです。

――榛村は、社会的地位があり、犯行の準備段階から徹底し、犯行を誰にも気づかれずに速やかにこなす「秩序型殺人犯」に分類されるタイプですが、パン屋で働いているときの「いい人」から、残虐な方法で何人も殺害する一連の行動には、感情の揺れが全くないように感じました。

 榛村は犯行に至るまでのことを自然にやっているので、彼自身が揺れ動いているときは僕もなかったと思います。「秩序型」と言われるタイプの方って「演技型」と言われることもあるそうで、彼のやっていることも言っていることも、全部が演技でもあるんだろうなと感じました。ターゲットと出会うときも、初めは「親切なパン屋のおじさん」という演技をして近づき、バイトするスーパーに通って顔見知りになって、といった行動も全て芝居をしていると取れますからね。

 ただ、僕が演じていて一番榛村の感情が入っているなと思ったのは、犯行後に被害者の爪を剥いで川に捨てるときです。「爪とお別れをする」ということで、彼は何かを思っているんだろうなと。その感情が何なのまでは分からなかったですが、きっとそこで榛村の本当の感情が出ているんじゃないかなと演じながら思っていました。

©2022映画「死刑にいたる病」製作委員会

「すごいな君は!」の心理戦

――雅也役の岡田健史さんとは拘置所で面会するシーンが多かったですが、事件について調べたことを報告する雅也に、榛村が「すごいな君は!」と褒め、それに雅也が翻弄されそうになる、という心理戦が見どころでもありました。

 映画の中盤あたりで、雅也が榛村と自分の関係に、ある疑問を持つようになるんです。そこは彼が観客の皆さんをミスリードしていくという大事なシーンでもあるのですが、その疑問を抱えた雅也が面会しに来たときに、何か不思議な表情でこちらにやってきたんですよ、顔つきが変わったというか。それを見て「あ、そういう風にアプローチしてくるんだ」「こういうパターンもあるんだな」と思って面白かったですね。それがあって僕も違うパターンの演技を引き出されたようなシーンになっているので、ぜひ注目して観てほしいです。

 全編を通してみると、僕が出ていないシーンが多いんですよね。雅也が榛村の事件のことを調べて、動いていく過程が本作のメインになっているので、そこも含めてどう描かれているのか、完成を見るのが楽しみでした。映画を観終わった後に僕自身が初めに思ったことは、「殺された被害者もその家族も辛いだろうな」ということと「絶対にこんな犯罪が起こってはいけない」ということでした。シリアルキラーを演じたことで、被害者の方や家族のことを改めて考えるようになりました。

©2022映画「死刑にいたる病」製作委員会

――多くの若者が残虐な方法で殺害され、心が痛む場面も多かったですが、もしこの作品に希望があるとすれば、どんなところにあると思われますか?

 榛村が殺害を行った小屋から逃げることができた方もいるので、命や未来が繋がった方に何とかがんばって生きてほしいと願いたいし、希望を託したいなと思います。