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「格差と闘え」書評 主流派経済学の認識と政策提言

評者: 神林龍 / 朝⽇新聞掲載:2022年05月07日
格差と闘え 政府の役割を再検討する 著者:オリヴィエ・ブランシャール 出版社:慶應義塾大学出版会 ジャンル:経済

ISBN: 9784766428056
発売⽇: 2022/03/18
サイズ: 20cm/318,50p

「格差と闘え」 [編]O・ブランシャール、D・ロドリック

 2019年10月に米国で行われた格差にかんする会議録である。序章と解説を交えて全31章、ノーベル賞受賞者あり元財務長官ありと、有名教授陣が揃(そろ)い踏み、解説の吉原直毅がいう主流派経済学の格差の認識と対処方法を一覧できる。内容はとても一言では要約できないが、税制改正や教育制度改革、教育訓練や労働組合などを通じた労働者保護の強化など、具体的な政策提言がなされている。
 評者から本書を楽しむための助言がいくつかある。まず、吉原直毅の解説を見逃すべきではない。吉原は分析的マルクス経済学を専門とする研究者で、評者にとっては、三ツ星フランス料理の食レポを日本酒の名人級杜氏(とうじ)に頼むようなものだ。ところが、結果として主流派経済学の主張を見事に相対化し、評者の棲(す)む界隈(かいわい)ではほぼ耳にしなくなった「資本主義」という言葉の重みを思い出させてくれる。とくに「動機」という言葉をうまく使うのが印象的だ。経済システムの動因として、株主や使用者、労働者の動機に注目するのは、現在では標準的だ。吉原はこれに加えて、経済システムは我々社会への参加者によって決められるとし、本書が我々読者の動機にどう影響するかという視点を提起する。「市場」に代表される経済メカニズムを所与として考え、個別システムの修正で対応しようとする主流派経済学の考え方に一石を投じていると解釈した。
 そのほか、各章の内容を理解するには、序章や解説の要約を参考にするほか、グラフだけを拾い読みするのがよいかもしれない。一線で活躍する研究者は、問題意識やメカニズムを聴衆に見通させる図を描くのが本当にうまい。あるいは、会議がコロナ禍前に行われたことも、結果的に本書を楽しむ材料になる。低所得層に対する一律給付など、本書で提案されている政策の一部分はすでに実行されており、その効果を吟味するにはちょうどよいタイミングかもしれないからだ。
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Olivier Blanchard ピーターソン国際経済研究所シニアフェロー▽Dani Rodrik ハーバード大教授。