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可能性の手伝い 柴崎友香

 文学新人賞の選考会があった。選考委員を務めるのは今年で四回目になるが、新しい人の作品を世に出すことができてうれしくほっとした。責任とプレッシャーのある仕事だが、まだ誰も知らない作品を読めるのは特別なよろこびがある。私自身、新人賞に応募したことがきっかけでこの仕事を始めることになったので、二十数年経って選考委員をしていることは感慨深い。

 私は新人賞を受賞はしなかったが、二年後にその文芸誌の別冊に短篇(たんぺん)が掲載されてデビューした。さらに翌年、その短篇の続きの話をまとめた単行本が出版された。賞を取ったわけでもなくなにかの実績があるわけでもなく、注目されたり売れたりはしなかった。それでも、新人の出版に積極的な出版社だったおかげで二冊目が出たのだが、それはさらに売れなかった(この二冊への数少ない書評はとても感激して今もとってある)。次の作品は文芸誌に掲載されたが単行本は出せない状態で、この先どうなるのかなというときに、デビュー作の映画化の話をいただいた。監督が書店で買って読んで映画にしたいと思ったと聞き、なによりまず「私の本を手に取って読んでくれた人がいる!」とうれしかった。映画化が発表されて、ようやく仕事の依頼が来るようになった。

 このごろは、どの分野でもすぐに数字につながらないものを世に出したり続けたりすることは難しくなってきている。短期間の数字で価値が判断されがちなのを、あちこちで見聞きする。難しいことが多いのもわかるけれども、私の一冊目の本は本屋さんの店頭に並べてもらったから、数は少なくても手に取った人がいて、四年後に映画になったし、私はその後二十冊以上本を書き続けることもできた。その私にできることは、自分は恵まれていた、周りの人に感謝、と言うだけではなく、小さな可能性をできるだけ世に出し続けることが重要なのだと伝え、そこで自分が果たせる役割をしていくことなのだと思う。=朝日新聞2022年5月11日掲載