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「プリズン・サークル」 記憶のふた外し自分と向き合う 朝日新聞書評から

評者: 藤原辰史 / 朝⽇新聞掲載:2022年05月14日
プリズン・サークル 著者:坂上 香 出版社:岩波書店 ジャンル:社会・時事

ISBN: 9784000615266
発売⽇: 2022/03/26
サイズ: 19cm/278p

「プリズン・サークル」 [著]坂上香

 こんな映画は初めてだった。見たくてたまらない顔にぼかしが入っている。でも、その顔から搾り出されているにちがいない声、涙、ため息に胸が押しつぶされ、怒りが湧く。映画の完成まで10年、撮影許可を得るまで6年、刑務所内の撮影は2年間。本書は、同題の映画を作製した監督の思考の足跡である。もちろん、映画が未見でも、本書を読めばここで起こっていることを理解し、学び、あたかもその場にいるかのように、感じることができる。
 中国山地の山間にある男子刑務所で、受刑者たちが輪になって番号でなく名前で呼ばれ話している。「回復共同体」と呼ぶ日本では珍しい更生プログラムだ。この参加者は再入所率が低い。参加者の多くは、ふたをしていた虐待の記憶をまるで傷口を押し広げるように思い起こす。父親によって手の甲に押されたたばこも。性器をくわえさせられるなど持続的ないじめを受け、家族にも愛されず猫にだけ心を許していた孤独も。「感盲」と呼ばれる状況から、少しずつ感情を取り戻していく。
 次に自分の罪と向き合う。まわりの受刑者は罪を告白する仲間に問う。大切なものを盗まれて人生が狂った人もいる。大切な人を殺されて癒やせない傷を負った人もいるのだ、と。その問いは、もちろん問うた自分にも跳ね返る。飛び交う言葉の線はやがて円になる。この円を彼らは、サンクチュアリと呼ぶ。
 さらに、映画で明かされなかった事実を本書で知り、私は茫然(ぼうぜん)とせざるを得なかった。監督自身が子どもの頃受けた集団リンチである。15人ほどに殴られ蹴られ、髪をつかまれ引きずり回される。教師も見て見ぬふりをする。その転化であるように弟に暴力も振るった。20代の頃、このことで弟に謝り、弟は気にする必要はないと答えた。が、その後に彼は二度の自殺未遂をし、窃盗などで刑務所に収容された。実はこれが映画撮影の最中だった。監督は二つの刑務所を往復する生活の中で、受刑者たちと向き合ったのだった。
 私が刑務所にいないのは、「その後」に恵まれたから、という言葉は重い。監督の話を椅子に座って聴いている錯覚を抱いた私は、いつのまにか次に自分が何を話すか悩んでいた。
 厳罰化を求める世論、刑務所内での会話の困難、真の反省を被告に迫れない裁判。受刑者を人間扱いしない刑務官。これらがもたらしてきたのは再犯だけではない。自分もあの場所に座っていたかもしれないという想像力の喪失、つまり、暴力の連鎖を断ち切ろうとしない私たちの怠慢と自己欺瞞(ぎまん)である。
   ◇
さかがみ・かおり ドキュメンタリー映画監督。作品に「Lifers ライファーズ 終身刑を超えて」など。3作目の「プリズン・サークル」で文化庁映画賞・文化記録映画大賞を受賞。著書も多数。