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「ベリングキャット」書評 ネット駆使し権力に鈴をつける

評者: 宮地ゆう / 朝⽇新聞掲載:2022年05月21日
ベリングキャット デジタルハンター、国家の噓を暴く 著者:安原 和見 出版社:筑摩書房 ジャンル:社会・時事

ISBN: 9784480837226
発売⽇: 2022/03/30
サイズ: 19cm/366p

「ベリングキャット」 [著]エリオット・ヒギンズ

 ネット上にある情報を、世界各地の人たちが分析、検証し、国際的な事件をも解決する。そんな新しい草の根の調査報道が、世界で広まりつつある。本書は、この活動を牽引(けんいん)してきた調査報道の団体「ベリングキャット」がいかにして生まれ、発展してきたかを創設者自ら書いたものだ。
 約10年前、仕事に飽きた会社員だった著者は、SNSの動画やグーグルマップを駆使して、リビア内戦の政府側と反政府側の主張を検証して注目を浴びた。
 手がかりは、画画に映り込んだ建物の形や道路、看板、地形など。そこから撮影場所を特定したり、影の長さから撮影時刻を推定したりして証拠を収集する。
 著者のような「ネット探偵」は、実は世界中にいる。彼らは記者でも研究者でもない。英国でゲストハウスを営む女性、ドイツで障害のある娘を育てる52歳の父親、25歳のオランダの学生……。ネットに散らばる情報のかけらをパズルのようにつなぎ合わせ、政府もメディアもなしえない調査をやってのける。さながら推理小説を読むようだ。
 14年に起きたマレーシア航空機の撃墜事件では、ミサイルを積んだトラックの経路をたどり、ロシアによる攻撃だったとする報告書を発表。シリアで化学兵器が使われた証拠を提示したり、ロシアの「暗殺班」の身元を割り出したりもした。
 著者が一人で始めた活動は、25人のスタッフを抱える国際NGOに成長し、今では各国のメディアや捜査機関などとも連携している。一方で、玉石混交のネット上の情報を扱うため、陰謀論者の攻撃対象になりやすい。調査対象の公平性や透明性、検証可能な証拠の開示が欠かせない。
 「ベリングキャット」は「猫に鈴をつける」という意味だ。大きな力の前には無力に見える人々が、1台のパソコンで権力に鈴をつけて監視する力を得る。民主主義を支える新たな潮流は、日本でも広がるのか。著者は期待を込めている。
    ◇
Eliot Higgins 1979年生まれ。大学を中退して事務職を転々とし、2014年に「ベリングキャット」を創設。