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「数字はつくられた」書評 官庁の利害 制作の動機に反映

評者: 神林龍 / 朝⽇新聞掲載:2022年05月21日
数字はつくられた 統計史から読む日本の近代 著者:佐藤 正広 出版社:東京外国語大学出版会 ジャンル:経済

ISBN: 9784904575956
発売⽇:
サイズ: 22cm/339p

「数字はつくられた」 [著]佐藤正広

 制度の歴史を知ることは、社会を知ることにつながる。本書で統計制度の成り立ちを知れば、日本社会が政策に関わる情報をどう扱ってきたかを知ることができる。統計といえば、近代に西欧から移植されたものと思われがちだが、日本にはすでに「土着の統計」なるものが存在していた。現代に通じる統計の多くは、戦時統制に必要なものとして制度化された。これらは、そのままではただの豆知識だが、本書のように、厚生労働省の毎月勤労統計調査の不正に始まる一連の統計問題を理解するための材料として横串を通すと、にわかに現実味が増す。
 統計問題は、一般には、行政が政治に忖度(そんたく)して法律に違反したかという問題に矮小(わいしょう)化されてしまった。その結果、予算増と手続きの厳格化で解決するという前提で対策がとられ、日本社会の統計に対する態度、つまり日本社会が「官庁に統計の占有を許してきた」という問題の深層には、十分に議論が届いていない。本書では、日本の統計の制作動機が、利害関係者に直接影響され客観的にならず、政策担当者に直接役に立つ範囲にとどまっていたことが明かされる。実際に統計数値が政策にどう反映され(なかっ)たかに言及されないことなど、物足りない部分はあるが、ともかく統計を直接の利害関係者から解放することの重要性は強調しすぎることはない。
 本書は純然たる学術書にみえる。確かに、第二部に収められている歴史統計の指南は研究者以外の読者を得るのは難しいだろう。しかし、統計整備が政策決定過程の透明性や中立性と本質的な関係をもつという重要な点を提起している。評者は、本書への評価は、そのまま読者が政策決定の民主的手続きをどれだけ重視するかを示すと考えている。出版の使命は社会の木鐸(ぼくたく)たる点にある。著者のみならず、本書を一般読者にも手の届くように出版に漕(こ)ぎつけた編集者と出版社にもエールを送りたい。
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さとう・まさひろ 1955年生まれ。東京外国語大特任教授(日本経済史、統計資料論)。『国勢調査と日本近代』など。