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東郷隆さんをジンネマン好きにさせた映画「日曜日には鼠を殺せ」

スペイン内戦で破壊された村ベルチテの遺跡©GettyImages

 横浜の東横線沿線に住んでいた頃、白楽駅近くの「白鳥座」によく通った。
 坂道の途中にある、ガラス窓のカーブした洒落た建物で、上質な外国作品ばかり二本立て、三本立てで見せてくれる。
 著名人のファンも多く、「八甲田山」の監督森谷司郎を始めとする映画関係者や、漫画家、イラストレーターが週末になると東京から続々と集う、本当の「名画座」だった。

 残念ながら、私が高校生か大学生の頃に閉館してしまった。多少記憶があいまいなのだが、その頃のことと思う。フレッド・ジンネマン作品の集中上映があり、大あわてで出かけてみた。
 そこで出合ったのが「日曜日には鼠を殺せ」というエキセントリックな題名のサスペンスだった。
 モノクロの陰鬱な場面が、冒頭から続く。

 実写と区別の付かぬ戦闘シーンや、フランコ軍に破れた共和国軍のフランス亡命。徹底抗戦しようとする主人公マヌエル(グレゴリー・ペック)の怒り。そこにかかるモーリス・ジャールの共和国軍歌風テーマ音楽。
 初めの短いシーンだけで、後の入り組んだストーリーを想起させるジンネマンらしい無駄のない導入部である。

 そして、二十年後。第二次大戦が終わり、西ヨーロッパも新体制に入ったが、スペインは相変わらずフランコ独裁体制である。フランスとの国境地帯に暮らす旧共和国派の中には、スペインに潜入してテロや密輸、銀行襲撃を繰り返す者もいる。
 スペイン警察のビニョラスは、ゲリラの首魁マヌエルを捕らえようと、彼の病気の母親を病院に入れて罠を張る。

 それを知った母親は、神父を呼び、罠であることを知らせようとする。しかし、神父フランシスコは、教会を襲う社会主義者に内通することに悩む。ここにビニョラスを仇とする少年。内通者、そして老いたマヌエルの思いが交差していく……。
 義務と自己犠牲。国家と個人の葛藤を物静かに描く手法は、ジンネマン独特のもので、この約十年後に彼が作るヒット作「ジャッカルの日」に底通する思想が垣間見える。
 原作はエメリック・プレスバーガー。早川書房からも映画と同じ書名で出ている。
「月曜日に猫を殺すキリスト教原理主義者がいた。人がその無慈悲さをなじると、彼は平然と『安息日の日曜日に働いて鼠を捕ったからだ』と答えた」

 というエピソードがもとになっているという。コロンビア映画が現代を「BEHOLD A PALE HORSE」(「蒼ざめた馬を見よ」)に変えたのはアメリカのピューリタニズムに忖度してのことだろう。
 そもそもフレッド・ジンネマンは、東欧で生まれ育ち、ウィーン大学で法律を学んだ後、パリで撮影技術を取得した人だ。
 戦前、記録映画監督ロバート・フラハティの下に付き、ヨーロッパ各地で修行した。

 彼の映像がドキュメンタリータッチであるのは、フラハティの影響らしい。ハリウッドの商業主義的製作法に終始批判的で、会社とは何度も喧嘩騒ぎを起こし、干され続けた。特にMGMからは嫌われて、一時はエキストラとしてレマルク原作の「西部戦線異状なし」に出演させられていたというから、その嫌がれっぷりも筋金入りである。
 ようやく芽が出たのは、第二次大戦が始まった頃で、あとは順調に「真昼の決闘」や「地上より永遠に」、「ジュリア」などで評判をあげていった。

 今でも時折、SNS等で彼のことを、
「娯楽性に乏しく、暗い」
 と書く自称「映画通」を見かける。何だか悲しい気分になる。地味でも、嚙めば嚙むほど味が出てくるジンネマン作品は、もっと再評価されても良いはずだ。