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「君たちはしかし再び来い」書評 摑み所ない言葉の連なりの中で

評者: 金原ひとみ / 朝⽇新聞掲載:2022年06月04日
君たちはしかし再び来い 著者:山下 澄人 出版社:文藝春秋 ジャンル:小説

ISBN: 9784163915258
発売⽇: 2022/04/11
サイズ: 20cm/252p

「君たちはしかし再び来い」 [著]山下澄人

 不思議な小説だ。読み始めてすぐに思う。これはちょっとおかしい小説だ。読み進めるうちにそう確信する。いや、これをおかしいと感じる私がおかしいのかもしれない。次第に己を疑い始める。というよりこれをおかしいと感じる人間を大量生産した社会がおかしいのかもしれない。疑いの目は次第に広範囲に向けられる。
 最後まで通底するのは「私は何を読んでいるのだろう」という心許(こころもと)なさだ。ここまで何を読んでいるのか分からない小説は珍しい。でもそもそも、小説とは何を読んでいるのか分かるものなのか、そもそも小説なのだろうかこれは。
 本書はそんな小説への謎が人類の謎を呼び、さらには世界の謎にまでじわじわと浸透していく類稀(たぐいまれ)な一人称小説だ。病気や生死、人間や動物に自然、内容は普遍的だが、思考のごった煮のような言葉の連なり、突飛(とっぴ)な発想、唐突なシーン転換、形を変えて繰り返されるエピソード、圧倒的説明のなさ、整合性のなさに、戸惑う自分の方がおかしくさえ感じられてくる。この世界の一端を、小説とはいえ整合性の取れたストーリーにしようという方がどうかしていると言えるだろう。
 そして人と人、自と他、生と死、正と誤、善と悪、読みながらあらゆるものの境目が薄らぎゆらめき、疑いもせず採用していたものの見方が次第に無効化され、己が世界や自然、誰か、あるいは動物と溶け合いつつ、いずれ朽ちる「しかし再び来る」であろう何者かであるという諸行無常的な諦めとも安堵(あんど)ともつかない感情で満たされていく。
 「私は何を読んでいるのだろう」という疑問はきっと「私は何故(なぜ)生きているのだろう」と同義で、答えがないことを知った上で、人はこうも複雑で突拍子も摑(つか)み所もない思考の中で生き続けるのだという事実に、私たちは本書を通して痛烈に直面する。読み終えた時残ったのは、「生きた」という初めての感想だった。
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やました・すみと 1966年生まれ。作家、劇団FICTION主宰。2017年、「しんせかい」で芥川賞。