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「学問と政治」/「学問の自由の国際比較」 揺るぎない自由の保障のために 朝日新聞書評から

評者: 阿古智子 / 朝⽇新聞掲載:2022年06月04日
学問と政治 学術会議任命拒否問題とは何か (岩波新書 新赤版) 著者:芦名 定道 出版社:岩波書店 ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784004319252
発売⽇: 2022/04/22
サイズ: 18cm/173,29p

学問の自由の国際比較 歴史・制度・課題 著者:羽田 貴史 出版社:岩波書店 ジャンル:教育・学習参考書

ISBN: 9784000615235
発売⽇: 2022/03/19
サイズ: 22cm/317,27p

「学問と政治」 [著]芦名定道、宇野重規、岡田正則、小沢隆一、加藤陽子、松宮孝明/「学問の自由の国際比較」 [編]羽田貴史、松田浩、宮田由紀夫

 歴史的に意味のある書籍だ。ロシアの軍事侵攻で世界が激動する中、言論活動の分析が極めて重要であるし、菅義偉前首相による日本学術会議会員の任命拒否は、歴史のプロセスで捉えるべき重大な問題だからだ。
 任命拒否された六名による『学問と政治』は、「外すべき者」と記した決裁文書があり、任命を「止めた政治主体」がいると指摘する。
 加藤陽子は、時の権力が正誤を決めた事例には死活的に重要な対立構造があると見る。天皇機関説事件では天皇の権威を隠れ蓑(みの)とする軍官僚の権力と美濃部達吉の説く立憲政治が、ガリレオ裁判では教会の権力とガリレオの説く地動説が対立した。
 岡田正則は、普遍的なルールを根拠に第三者的な公正さと専門性で権限を行使し、学術への介入を個人の問題に矮小化したガリレオ裁判は、学界ヘの萎縮効果の可能性において任命拒否問題と類似すると指摘する。
 学術会議は科学技術の軍民両用をはじめ、安全保障と学術研究に関して活発に議論してきた。その過程で自衛・防衛か攻撃かといった二分法の不可能性が浮かび上がる。「戦争が境界線をつくり出す」のである。
 学問の自由は民主主義と同じく多義的で定義が難しいが、学問の自由に関する合意の欠落は共通理解や行動を難しくする。
 『学問の自由の国際比較』は各国の学問の自由に関わる歴史、制度、課題を研究した重厚な一冊だ。学問の自由の内実は各国の法体制や高等教育制度によって異なる。コモン・ローによる保障体系を持つアメリカやイギリスに対して、日本、ドイツ、中国は憲法に規定がある。しかし中国で人権は国家が付与する「公民の権利」だ。イスラム圏では政教分離が不十分だ。
 一方、冷戦下のアメリカではレッド・パージで共産党関係者らが排除され、同時多発テロ後は愛国者法で監視や個人情報の収集が明確な理由の提示なく行われていた。
 さらに、どの国でも市場原理とグローバル化で学問共同体たる大学の基盤が揺らいでいる。
 こうした中、国連の諸規約を基礎とする普遍的保障、欧米、アフリカなどの地域的保障が国際的な規範形成に役割を果たしている。日本も積極的に関わるべきだろう。
 中国を研究する私は、拘束や監視のリスク、「反日」「反中」との批判など日中双方の言論環境の制約を感じるのだが、自分の力で学問の自由を選び直し、大切に育てるという宇野重規(『学問と政治』)の姿勢に共感する。私も学問の起死回生のため努力を続けたい。
   ◇
『学問と政治』の著者6人はキリスト教思想、政治思想史、行政法、憲法、日本近代史、刑事法が専門の研究者▽『学問の自由の国際比較』の編者3人は大学史、憲法、アメリカ経済論が専門の研究者。