咀嚼すればするほどおもしろい
――本作は「ニコニコ人生センター」の信者である3人の男女が、“精神修行実験”と称した「孤島のプログラム」に従って共に過ごすうちに、それぞれの欲望と猜疑心が交差していく物語です。磯村さんは原作をどう読みましたか?
僕は今回のお話を頂いてから原作を読んだのですが、初めて読んだとき「何だ、これは⁈」 と衝撃を受けました。カルトやエロスといった難しい題材ですが、咀嚼すればするほどおもしろくなってくるし、表面上に描かれていることだけではない、その裏側にも原作者である山本さんのメッセージが込められているんだろうなと感じました。
――狂信的な部分も持ち合わせながら、繊細な心を持った「オペレーター」役をどのようにつかんだのでしょうか。
つかんだという感覚はないですね。島の自然に囲まれながら3人お揃いの「ニコニコ人生センター」のTシャツを着て、「議長」さん、「副議長」さんと過ごして行く中で、徐々に役になっていった感じです。オペレーターは一見「議長」さんや「副議長」さんに振り回されているように見えるけど、「自分が信じるもの」に対しては揺るがない。僕も「自分を信じる」という思いを持ちながらこの仕事をやっているところがあるので、そこは共感できる部分でした。
これまでも何度か漫画原作の作品に出演させていただいていますが、演じる際にまず気をつけていることはビジュアルです。そこは原作にしっかりと描かれていますから、寄せられるところはなるべく寄せたいと思っています。今回のオペレーターでいうと、飢えや己の欲望との戦いによって痩せこけていく様を体現するために、体重を落としたり髭を生やしたりすることで、気持ちも役に近付けていきました。
今をどう信じて生きて行くか
――「孤島のプログラム」の一環に、昨晩見た夢の報告や、足裏を合わせて瞑想するなどがありましたが、撮影時のエピソードを教えてください。
手と手を合わせることはあっても、足の裏をくっつけるという行為って普段はしないので、3人で足裏を合わせるシーンは変な気持ちになりましたね。抱き合うよりも恥ずかしさがあるといいますか、より足の裏に意識が集中するんですよ。
作中で「議長」さんが「オペレーターさん、なんか今日は足が熱いですね」というセリフがあるのですが、お互いの体温や足のちょっとした動きでその人の心理状態みたいなものが、やっていくうちに分かるようになってきたんです。「なんか恥ずかしいね」なんて言いながら、3人でたまにちょっかいを出しながらやっていました。
――「議長」は過去に受けたいじめ、「副議長」は夫からの暴力と、それぞれ「ニコニコ人生センター」に入信するきっかけとなったエピソードが描かれていますが、「オペレーター」にはどんな理由があったと思われますか?
僕は単純に「ニコニコ人生センター」の先生に対しての純粋な信仰心があったからだと思っています。この3人にとって過去はどうでも良いというか、お互いの素性も本名も知らないけれど、「孤島のプログラム」を信じて「これをやっていけば安住の地に行ける」ということだけに向かって進んでいるので、過去よりも「今をどう信じて生きて行くか」ということがとても重要な気がしました。
――本部から突然連絡が途絶えたり、紫色をした謎の食糧が送られたりと「何かおかしいんじゃないか?」と思うことは何度かあったと思うのですが、それでも3人は「先生」を信じて「孤島のプログラム」を遂行し、「安住の地」へと旅立つ日に向かって話が展開していきます。人間にとっての「信仰心」とはどんなものでしょう。
信仰心というのは、人間の中でもかなり強いエネルギーを持っていると思います。それがプラスに働く時もあるけれど、マイナスの方向に行ってしまうと事件やテロにつながってしまうこともありますが、色々な場面によって信仰心って変わってくる気がするんです。
例えば、お正月に初詣に行って「こうなりたい」とか、1年の無事を願うことも一つの小さな信仰心ですよね。その思いがもっと強く大きくなってくると、何かを信仰することで自分の弱さを埋めたり、「自分の強さに変えられる」と信じたりすることもあります。
オペレーターたちに限らず、信仰するタイミングって人それぞれあるんだなというのは、自分自身も、周りの人たちを見ていても思うことなので、信仰心が持つエネルギーは未知でおもしろいなと思います。
今の時代に訴えるべき作品に
――3月に行われた「第45回日本アカデミー賞」授賞式のスピーチで「映画は社会を映す鏡だと思っています」 と仰っていましたが、本作はどんな社会を提示していると思いますか?
原作は今から20年以上前に描かれているので、今の世の中にあてたものではないけれど、皮肉にも現代の社会にとても符合している作品だと思っています。約30年前に、ある宗教団体が起こした事件をモチーフにしていますが、今でも世界各地で殺戮や戦争が起こっていて、何年経っても争い事はずっと繰り返されていますよね。
オペレーターたちも、最初は「安住の地」という同じ方向を向き、汚れのない平和な世界を手を取り合って願っていました。本来「共存」というのは、僕ら人間にとってとても大切なことだと思います。そんな美しい部分も醜い部分も含めた人間の本質を描いた『ビリーバーズ』の世界観というのは、小さいけれど今の世の中の縮図になっていると思うんです。ただのカルト映画ではなく、目をそらさずに見なければいけない内容ですし、今の時代に訴えるべき作品ができたと思っています。
三島由紀夫の生きざまに憧れる
――「好書好日」はブックサイトなので、磯村さんの読書ライフについてもお聞きしたいです。今までどんな本を読みましたか?
学生の頃からスプラッターやホラー系といったハラハラドキドキするものが好きで、20代前半の頃は乙一さんの作品をよく読んでいました。あとは、三島由紀夫さんの答弁が好きで、その生きざまに憧れて古典文学に少し触れてみたこともありました。作品の魅力にはまだたどり着けていないのですが、三島さんの「武器を持たずに言葉で戦う」という姿勢は今の時代にとても大事なことだと思うし、もし今三島さんが生きていたら、日本が少し変わっていたんじゃないかなと思います。