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valkneeが自分の後ろ姿を見つけた3冊 「安野モヨコ、宇多丸、タナカカツキ」

valknee

安野モヨコ「花とみつばち」

――この連載ではラッパーやトラックメーカーのみなさんに愛読書を紹介してもらってるんです。

 今日は3冊持ってきました。まずは安野モヨコさんの『花とみつばち』。もともと「Zipper」(祥伝社)や「CUTiE」(宝島社)が大好きだったんです。安野さんというと、そういうファッション誌で連載してるイメージだったんですけど、これは意外にも「ヤングマガジン」(集英社)で。連載してたのは2000年くらいかな。読んだのは大学生の時。2010年くらいですね。10年後に読んだけど全然古いと思わなかったし、なんなら今読んでも本質を突いてる作品だと思います。

――確かに、安野モヨコさんに青年誌で連載してるイメージないですね。どんな話なんですか?

 私は最初、安野さんのイメージで『花とみつばち』というタイトルだから、花が女で、みつばちみたく群がる男たちと恋していく話だと勝手に思ってたんですよ。でも全然違くて。自己肯定感が異様に低いオタクの男の子が自分磨きして垢抜けていく話なんです。

――面白そうですね!

 主人公の友達に山田というやつがいて。その子もオタクで、ゴリラみたいな顔をしてるけど、なぜか自信満々でいつも主人公にマウントしてくる。なのに山田に彼女ができちゃうんです。主人公はむっちゃショック受けて。その後、山田はむちゃくちゃ整形して超イケメンになります(笑)。このマンガが面白いのはここからで、山田もクラスでは目立たないオタクチームだったんですけど、整形したら自信満々の内面のカッコ良さが際立ち始め、周りもそれに気付くという。

 これはサブストーリーで、主人公は美容サロンに行ったり、おしゃれしたりするけど、自己肯定感もコミュ力も低くて全然モテない。つまり内面が変わらないといくら外面を磨いても意味がないことに徐々に気づいていきます。そこに恋愛がついてくる。あとこのマンガの特徴は女たちが野蛮なとこ。つえーやつらが多い。そこが好き。私は普通の少女マンガの中に自分の後ろ姿を見つけられなかったので。

――「B-BOYイズム」からの引用ですね(笑)。

 です(笑)。マジで少女マンガを読んでも登場人物の気持ちが全然わかんなかった。ストーリーが好きな少年マンガはあったけど、女のキャラに女の気持ちが描写されてるとも思えなかった。何を読んでも自分を投影できるキャラを見つけられなかった。でも安野モヨコさんのマンガは「わかるな」って。

――2022年だからこそ、さらに輝くテーマかもしれないですね。これは「B-BOYイズム」のテーマでもありますが、ありのままの自分を自分で認めて自信を持つことが大事。でもそれが一番難しい。

 そうなんですよ! 『花とみつばち』は「B-BOYイズム」並みにパンチライン満載です。

宇多丸「ブラスト公論 増補文庫版 誰もが豪邸に住みたがってるわけじゃない」

――RHYMESTERつながりで言うと、僕はvalkneeさんのPodcast&YouTube番組「ラジオ屋さんごっこ(通称・ラジご)」の大ファンで、Podcast系のコンテンツでこんなにハマったのは「ライムスター宇多丸のウィークエンド・シャッフル(通称・タマフル)」以来なんです。

 え、ほんとですか! 実は今日、宇多丸さんの『ブラスト公論 増補文庫版 誰もが豪邸に住みたがってるわけじゃない』を持ってきてたんです。

――おお! 名著ですね。僕はシンコーミュージックから出てた大きいサイズを購入しました。

 私も初めて読んだのは大きいサイズのほう。友達から借りました。でも自分で持っていたかったので文庫版を購入しました。実は「ラジご」をやる時に参考にしてるのはこの本とタマフルの雰囲気なんです。友達と喋ってる感じ。姿勢とか。(誰かに聞かせることを前提にした)表向きじゃない、友達同士だけでする会話。それがめっちゃ好きで。

 「ラジご」をやるやらないは別として、友達とこういう関係性を築きたいなってずっと思ってたんです。そこから自分でラップするようになって、もっと私の人間性を知ってもらいたいと思い『ブラスト公論』や「タマフル」のノリで話すコンテンツをやってみようと思いついて。あとBAD HOPさんのラジオ「リバトーク」も大好きでした。

――「リバトーク」も最高でしたね。気の置けない仲間たちの雑談。あのバイブスは「ラジご」にも形を変えて受け継がれていると思います。

 ラップや見た目のイメージだけで聴かず嫌いだった人も「リバトーク」でBAD HOPさんたちのキャラクターや関係性を感じたら好きになっちゃうと思うんですよ。もともと好きだった人はさらに好きになったと思うし。私にもそういう自分の内面をシェアする場所があったらいいなと思って「ラジご」を始めました。最初は週1で更新してましたが、毎回テーマを決めるのはもちろん、時間を合わせて集まるのも大変なので、紆余曲折を経て今の隔週更新で落ち着きました。

――valkneeさんのヒップホップ的ルーツもRHYMESTERなんですか?

 ちょっと違いますね。この話は高校生まで遡る必要があります。ちょっと長くて複雑です(笑)。

――(笑)。ぜひ伺いたいです。

 高校の頃、ketchup maniaという女性ヴォーカルのパンクバンドにハマってたんです。その頃、SHAKALABBITSの後続みたいな、おしゃれでかわいい子がやってるバンドが多かったんです。ヴォーカルの子が「Zipper」や「CUTiE」のモデルをしたりするような。ライブハウスに通うくらい好きでした。その後、大学で軽音部に所属してバンドでベースやキーボードを弾いてました。

――パンクバンド?

 アニソン系です。パンクバンドも聴いてたんですが、一緒にバンドやろうとなった子たちがみんなアニソン好きだったので(笑)。作品を知らなくても曲がかっこよければカバーして。一応オリジナルもちょっと作ってました。

――アニソンですか。

 ここにMaltine Recordsが絡んでくるんです。ロックが好きだった私は高校の終わりくらいに、HMVの特集棚で四つ打ちを取り入れたロックの存在を知ります。「四つ打ち好きかもしんない」「これはロックじゃなくてダンスミュージックなんだ」と徐々に理解するんですね。「Zipper」「CUTiE」に載っていたので中田ヤスタカさんの作品は知っていたのですが、調べていくうちにJusticeやDaft Punkの存在を知って。

 「四つ打ち面白いじゃん!」と思ってから聴くアニソンやアイドルソングは印象が変わりました。そういうクラブイベントの存在も知って。ちょうどその頃Maltine Recordsがいろいろリリースしてて、そこでtofubeatsさんやオノマトペ大臣さんを聴いて四つ打ちとラップみたいなのを知りました。あとPUNPEEさんが出てきた頃ですね。

――あー、なるほど。Maltine Recordsの人たちはゲームやアニメ、アイドル界隈の曲とラップ、ダンスミュージックをミックスしてDJしてましたもんね。

 ですです。この頃は割となんでも聴いてました。大学の4年間はずっとTSUTAYAでバイトしてて、最初はバンドの棚しか興味なかったけど、徐々にいろんなのを聴くようになって、その中にRHYMESTERさんもあった感じ。バンドもやってたけどだんだん共同作業が苦痛になってきて、1人でやろうかなと思ってた時、大学の先輩である嫁入りランドさんを見たんです。

――2010年代の日本のヒップホップを語る上ですごく重要なグループですよね。

 はい。嫁入りランドさんがいなかったら、私がラップを始めるのはもっと後だったと思います。「私もやっていいんだ」と思えたし、もっと根本的な「女がどういう感じでラップすればいいのか」「声のトーンはどうするか」みたいなことまで。lyrical schoolの存在も大きいです。プロデューサーのキムヤスヒロさんが同じ大学で。そんなこんなで2012年頃にラップを始めました。

嫁入りランド - 郊外の憂鬱 @ SCUM BIRTHDAY2016〜EARTHDOM 10th Anniversary〜

――そこから『ブラスト公論』にはどのようにたどり着いたんですか?

 きっかけは「申し訳ないと」ですね。もともとハロプロが大好きで、アニソンやJ-POPがかかるクラブイベントにも行くようになってたので、自然と宇多丸さんがDJをしてた「申し訳ないと」のことを知りました。

――アイドルソングやアニソンがカッコいいという認識は今でこそ当たり前ですが、「申し訳ないと」はその先駆けですよね。当時はかなり異質なパーティーでした。

 わかります。だから私は「日本語ラップの宇多丸」ではなく「カルチャーの宇多丸」から入ってて。そこからタマフルも知りました。そしたらある日、友達が「こんなのもあるよ」と貸してくれたのが『ブラスト公論』だったんです。もちろん最初は雑誌の「blast」も知りませんでした(笑)。

――90年代から00年代半ばにかけた日本語ラップのシーンを牽引した専門誌ですね。宇多丸さん、Zeebraさん、DEV LARGEさんといった演者はもちろん、現在も活躍されている高橋芳朗さん、古川耕さん、磯部涼さんら、数多くのライターを輩出しました。「ブラスト公論」はもともと同誌で連載されていました。

 この本にはものすごく影響を受けました。私のヒップホップ観のルーツは宇多丸さんです。とはいえ、リリックの意味を理解できるようになったのは結構最近。『ブラスト公論』も面白くて大好きだけど、半分くらいは意味わからず読んでました。近年改めて読み返した時、わかる項目が増えてて。

――この本で高橋芳朗さんが言ってた「誰かフックアップしてくれないかなぁ」というラインはいまだに大好きですね。初めて読んだ時、「そんなこと言っていいんだ」ってめちゃくちゃ驚きました。

 わかります! しかもその時の芳朗さんはすでに30代だったんですよね。でも今ものすごく活躍されてる。この事実が示唆することはたくさんある。

――ですよね。元IZ*ONEで現AKB48の本田仁美さんの座右の銘は「コツコツが勝つコツ」らしくて。結果しか注目されない世の中ですが、人生においてはむしろ過程が重要な気がするんですよね。努力しない人はフックアップもされない。

 すっごいわかります。この本は同世代にも読んでもらいたい。てか、ひぃちゃんリリシストだなあ(笑)。超ひぃちゃんっぽい。ストイックだし負けず嫌いだし。かっこいい。彼女は毎日小さい階段を自分でたくさん作って、それを一つずつ達成していってるんでしょうね。最後に紹介するのはまさにそんな本です。

タナカカツキ「今日はそんな日」

――『サ道』や「コップのフチ子」でおなじみのマンガ家/イラストレーターのタナカカツキさん。

 タナカカツキさんって、めちゃくちゃ規則正しく生活してるらしいんですよ。いろんなルーティンを作って、その通りに動く。でもそれはマンガ家として自分が一番快適に、気分良く過ごすための決まりごとらしくて。

――例えば?

 朝4時にゆっくりと目を覚まして、コーヒーを飲んだらすぐに仕事開始。午前中は誰も連絡してこないからすごく集中できるらしくて。で、仕事はお昼の12時で終わり。午後はサウナ行ったり、人と会ったり自由時間。夜9時には就寝。夜のお酒の付き合いは完全に消えたけど、かけがえのないものを得たと描いてありました(笑)。

――valkneeさんはなぜこの本を持ってきたんですか?

 元々私、超夜型で。しかも昼は仕事をしてるんですね。結構忙しくて。新曲をチェックするのが好きなんですけど、私が作ってる間に何曲も出してる人がいて。そういうのを見ると結構焦る。「このままだといつまで経ってもファーストアルバムできねえぞ」「自分を律しなくては」という時にこのマンガと出会ったんですよ。

――いろんなミュージシャンの方に話を聞くと、やはりアルバムとシングルとでは制作の大変さがまったく違うらしいですね。

 そうなんですよ。私は1個のジャンルだけを好きになるタイプじゃないから、やりたいことがどんどん変わっちゃうんです。そうすると作ってるうちに統一感がなくなってくる。「アルバムにまとめるのは無理っぽい」「じゃあEPで出そう」「でも残った曲どうしよう?」みたいな。一つの作品としてまとまった10曲を作るのはすごく難しい。定期的にアルバムを出してる人へのリスペクトが止まりませんよ。どんなに陽気そうに見えても、やることやってるわけですから。

valknee - LIP LACQUER (home video)

――『今日はそんな日』に取り入れたいメソッドはありましたか?

 1日に細かいルーティンを作ることがまず大事だと思いました。私はすごく怠惰な人間なので、自分で決め事を作らないと何もできないんです。だらだら先延ばしにしちゃう。なのでiPhoneのカレンダーにすべての行動を入れるようにしています。「起きる」「歯磨き」「睡眠」とかまで。けど睡眠時間は減らしたくないからむっちゃ調整して。「洗濯」を短くしよう、とか(笑)。「ジム」も週2〜3回マストで行くようにしてるんですが、どうしても無理な場合は翌週に持ち越したり。

――ジムにも通ってるんですか!?

 体力がないとライブできないので。私のカレンダー調整はパズルみたいです(笑)。あ、今後は「アルバムを作る」もカレンダーに入れようかな。今まではざっくりと「制作」だけだったんです。でも「アルバムを作る」時はアルバムにまつわることしかしない。いいかも。

――valkneeさんも「コツコツが勝つコツ」を実践しまくってますね。

 私はまだアルバムを出せてないですからね。コツコツと私のイズムを形にしていきたいです。