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「ビヨンド!」書評 ユシ協定再締結から人事改革へ 

評者: 神林龍 / 朝⽇新聞掲載:2022年06月18日
ビヨンド! KDDI労働組合20年の「キセキ」 著者:本田一成 出版社:新評論 ジャンル:産業

ISBN: 9784794812070
発売⽇: 2022/04/25
サイズ: 19cm/310p

「ビヨンド!」 [著]本田一成

 労働組合といえば前世紀の遺物扱いになって久しい。そんな中、ある労働組合の20年史を、労使関係論の研究者がノンフィクション風にまとめたのが本書である。その組合はKDDI労働組合。2000年にKDD、DDI、IDOの通信三社が合併して発足した会社の労働組合である。
 企業別組合を是とする日本にあっては、会社合併に際して、もともと文化も歴史も異なる組合が当然のように合併することが多い。KDDI発足時には、旧KDD労組が母体となって新労組に改組されたものの、旧KDDがとっていたユニオン・ショップ(大雑把にいえば、労働者に採用後の労組加入を義務付ける労使)協定は引き継がれず、新労組にとっては厳しい船出となった。本書では、その後の組織拡大や人事制度変更への対応などの紆余(うよ)曲折が、組合執行部の活動に沿って紹介されていく。
 ハイライトは東日本大震災に際しての労使の結束と、ユニオン・ショップ協定の再締結だろう。オープン・ショップを「横のつながり」の妨げとみていた組合支部にとっては、再締結は追い風だったが、逆に「自分の意志に反して加入する労働者」が増え、「労組への要求が多様なものとなって、労組との距離感が大きく開いてしまっ」た。裁量労働制と勤務インターバル制度の導入にはこの問題の克服が不可欠だった。
 数ある組合活動の記録にあって本書が出色なのは、長く独占企業であった旧KDD、稲盛和夫というカリスマ経営者の影響下にあった旧DDI、典型的日本的雇用慣行を堅持するトヨタの出資による旧IDOという、かなり異質な労使慣行をもった三社が合併したにもかかわらず、比較的短期間に労使関係を安定させた経緯がわかる点だ。とくに、裁量労働制の導入という一大人事改革に労組の関与が大きかった点は、拡大中といわれるジョブ型雇用を実効的ならしめるヒントになるかもしれない。
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ほんだ・かずなり 武庫川女子大教授(労使関係論)。著書に『オルグ!オルグ!オルグ!』など。