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逢坂冬馬さんに映画の多彩さを伝えたテレビ番組

©GettyImages

 少年期を過ごした90年代半ば。週末の午後9時といえば「映画の時間」でした。木曜日から日曜日まで、必ずどこかのテレビ局がこの時間帯に映画を放映していて、多くの映画に接することができたのです。

 放送する数が多いだけにラインナップも多種多様でした。「シェーン」のような古典的名画もあれば「ホット・ショット2」(ロイド・ブリッジス演じるアメリカ大統領がサダム・フセインのそっくりさんとライトセーバーで戦う映画)なんていう風変わりなコメディもありましたし、クエンティン・タランティーノやデヴィッド・フィンチャーの映画作品と出会い、彼らの名前を記憶したのも、思えばこの時間帯のテレビ放送がきっかけでした。また、「映画評論家」という職業の人たちを知ったのもこれらの番組の司会を務めていた人たちを通じてでした。毎週日曜日は淀川長治さんの映画コメントを聞いていたわけですから贅沢な話です。

 テレビ放送の妙味は、映画が「向こうから突然やってくる」ということにつきます。歴史的名画からコメディまで、自分のセンスで選んではいないが故に思いもかけない名作に出会えることはとても楽しいことでしたから、「今日は何をやるんだろう」とテレビの前で楽しみにしていました(当然当たり外れはありますし、ひどすぎて覚えている映画もありますが)。

 放送される映画の多くはテレビの放送枠にあわせて短縮されていましたし、間にCMも入るので映画を鑑賞するのに最高の条件とは言いがたいものでした。しかしこのようにして多様な映画をえり好みする暇もなく、無料で次々と鑑賞できたことは、間違いなく映画についての関心を高めました。中学生の頃はテレビ放送では満たされない自分の中の「映画欲」を埋めるべく、足繁く図書館へ通って映画に関する批評や通史の本を借り、高校、大学と進学し少しお金が手に入るようになってからはレンタルビデオ店へ通って面白そうな映画を借りるようになりました。テレビでは放送されないアート映画や昔の邦画を観るようになったのはこの時期からです。

 テレビの映画番組がほとんどなくなって久しくなります。その後は自分が通った近所のレンタルビデオ店も次々と閉店し、自宅での映画鑑賞といえばネット配信が一般的となりました。

 数え切れないほどの映画を料金定額、ノーカットで鑑賞できる訳ですから、昔に比べて大変充実した視聴環境です。視聴傾向からおすすめの映画を知らせてくるというのも90年代のテレビ放送では考えられない便利さです。 

 ただ、便利にも好みに基づいて構築される映画体験は、どうしてもある種の方向に向かって収束せざるを得ず、あの「昨日がスタンリー・クレイマーで今日がジャッキー・チェン」というような「向こうから突然やってくる」テレビ放送の感覚は、時折恋しくなります。