ISBN: 9784305709561
発売⽇: 2022/05/26
サイズ: 19cm/196p
「平安貴族サバイバル」 [著]木村朗子
恋愛を手段とする権力闘争の構図を中世文学において指摘した『恋する物語のホモセクシュアリティ』など、現代的な視点からの古典作品の読み直しを得意とする著者が、幅広い読者に向けた啓蒙(けいもう)的な書だ。和歌や衣装に凝り、恋愛至上主義に見える平安時代の貴族たちは実のところ、どんな価値観を有していたか。『源氏物語』『枕草子』など誰もが知る文学に依拠し、大胆に読み解いていく。
まずは容姿。「女にしてみたいほど美しい」との慣用句で優美さをほめそやされるのは光源氏だ。正装のみならず着崩した姿に色香が漂う、テストステロン値を誇らない中性性が光源氏のうりならば、それは現代の韓国アイドルの人気にも通じるのかもしれない。
一方、宮中の女性に必要とされるのは教養だった。『栄花物語』の逸話で村上天皇は女君(妻)たちに暗号を仕込んだ和歌を送る。ひとり正答を出した女君が寵愛(ちょうあい)されるが、解読したのは本人か女房か。天皇の子をなすにはサポートする女房の知性が不可欠。中宮定子と藤原彰子が、それぞれ清少納言と紫式部をそばに置いたのもその理由だ。
漢籍マスターたる紫式部が、賢さゆえに「御幸ひはすくなきなり」(お幸せが少ないのです)と冷笑されるのは世の常ながら、宮廷社会で揺るぎなき地位を獲得する。現代ふうにいえば「文化資本」の格差と出世は切り離せない。女性かつ地方出身者が和歌や音楽の才でのしあがる側面を持つのが『源氏物語』だという著者の指摘は面白い。
天皇の後ろ盾である摂政・関白が権力を持つ摂関政治では、武力でなく、知的戦略の巧拙こそがものを言った。「受験や就職などでパイの奪い合いに躍起」な現代日本と平安宮廷社会の類似性。ときに呪術という超自然的なスキルを駆使し、クイア的欲望も発露させながら時代をサバイブする平安の人々が、千年の隔たりをこえ、不思議と身近に感じられてくる一冊だ。
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きむら・さえこ 1968年生まれ。津田塾大教授。著書に『女子大で和歌をよむ』『その後の震災後文学論』など。