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上白石萌音さん&翻訳家・河野万里子さんインタビュー 英文和訳から翻訳へ 原文でめぐる「赤毛のアン」の世界

言葉をもっと大切にしたくなった

――上白石さんはこれまでもミュージカル「赤毛のアン」(2015年)で主演を務めるなど、『赤毛のアン』という作品とのご縁もありました。本書「翻訳書簡『赤毛のアン』をめぐる言葉の旅」で名シーンの数々をご自身の手で翻訳してみて、作品の印象に変化はありましたか?

上白石萌音(以下、上白石) これまでも『赤毛のアン』を素晴らしい訳で読んできたので、作品が持つ本質や温かさは理解していたつもりでしたが、原文を読んでみると、描かれているものが以前よりもたくさん見えてきました。人間らしさのようなところも、また違ったかたちで見えてきたり。そういう新たな気づきをたくさん得られる機会をいただけて、すごく有意義な時間でした。『赤毛のアン』への思い入れも、より強くなりました。

――普段、上白石さんは俳優として、演技による表現をされています。今回、翻訳という行為を経験されましたが、言葉に対する向き合い方はどのように違うと感じましたか?

上白石 普段は作家さんが書いた言葉を台詞として発するので、言葉そのものを自分の中から生み出すということはそれほどありません。けれど、翻訳となると、自分が持っている日本語を――ときには持っていない日本語も――使って、英語の原文に対応させていかなければならない。表現することの根本は一緒かもしれないですけど、矢印の方向が違うような感じはありましたね。言葉を生み出すことの大変さや、生み出された言葉の尊さを知って、これから台詞を言うときにも、もっと言葉を大切にしたいと思うきっかけにもなりました。

――上白石さんの翻訳をサポートする上で、河野さんはどのようなことに気をつけたのでしょうか?

河野万里子(以下、河野) 萌音さんにはすでに読解力がおありになって、英文和訳もきちんとできていたので、そこからプラスアルファの翻訳にどう導くかを考えました。普段、翻訳をしていると、原書が背中を押してくれて、そのパワーのおかげでどんどん言葉が出てくるような面白さがあるんです。それと同じように、往復書簡を続けていく中で、萌音さんが書いてくださったお手紙と訳が、私の背中を押して刺激してくれて、萌音さんへの言葉もどんどん出てくる。ですから、自然に楽しくやらせていただいたという感じでしたね。

原文を読んでこそ見える情景も

――往復書簡で翻訳を進めていく中で、『赤毛のアン』に対してあらためて気づいたことはありますか?

河野 かつて、『赤毛のアン』を初めて原書で読んだとき、それまで翻訳で読んでいたものとはすごく印象が違ったんですね。原書で読むと、物語はとても鮮烈です。涙を流して泣いてしまうような場面もたくさんあって、「えっ、アンって泣く話だっけ?」って。そのときの印象は、ずっと変わっていないんです。ですから、あらためて気づいたというより、そうした原書の面白さをどうやって伝えようかと、一生懸命考えていましたね。

――往復書簡を通じて、『赤毛のアン』の名場面を翻訳されて、特に印象に残った箇所、苦戦した箇所はありますか?

上白石 情景描写が本当に難しかったです。英文も長くて複雑になることが多いので、まず読解が難しいんですよね。加えて、情景描写と心情が重なり合っていたりもする。そこを読み解けたとしても、文化が異なるのでカナダでは当たり前にあるものが日本ではなじみがなかったりします。「ウィンシー織」などと言われても、すぐにはわからないじゃないですか。それをどう訳せばいいのかと悩んで、行き詰まることが多かったです。第8回で登場するアンのお部屋、月の明かりが……という箇所も悩みました。

It was as if all the dreams, sleeping and waking, of its vivid occupant had taken a visible although immaterial form and had tapestried the bare room with splendid filmy tissues of rainbow and moonshine.̶Chapter 20, A Good Imagination Gone Wrong

河野 そう、あそこね! 私も今、同じ箇所を思い浮かべていました。「まるで虹と月光で織り上げられたきらめくばかりのヴェールのように」って私が訳したところですね。

上白石 私は先生にいただいた訳を読むまで、その情景が全然思い描けていなくて。なんかもう、赤ちゃんのようにハイハイでどうにか進んでいったみたいな感じ。

河野 原文が3~4行くらい続く長い一文だったので、かなり訳しにくかったんですよね。

――一般的に児童文学と認識されがちですが、原書には複雑な表現もあるんですね。

河野 『赤毛のアン』はリライト版もたくさんあるしアニメにもなっていて、子どもが読みやすい、やさしいお話という印象もあると思うんですけど、原書はやっぱり全然違うんです。大人の鑑賞に堪えるというか、大人が読んでこそ楽しめたり、胸を打たれたりする場面がたくさんある。原文も100年前の英語ですごくしっかり書き込まれているので、けっこう難しいんですね。その中でも、萌音さんが今言った場面は難しかったですね。でも、訳出してみると、ほんとうに綺麗なんですよね。

上白石 もう、びっくりしました! 歯をギシギシ言わせながら向き合った文章が、こんなに美しかったんだ! って、モヤが晴れた感じがして。難しかったけれど、先生の訳を読んだときの感動が忘れられないですね。

想像力の翼を広げて、物語世界の奥深くへ

――本書には上白石さんによる朗読音声も収録されています。河野さんが翻訳された文章を朗読で表現した感想を聞かせてください。

上白石 黙読するのと声に出して読むのとでは、言葉の印象ってすごく変わると思うんですけれど、河野さんの訳は音になっても美しくて、読みにくい部分がなかったんです。お母さんが子どもに読み聞かせたりするのにも向いた文章だと思います。声に出して読んでみて、あらためてそのすごさに気づきました。

河野 ああ、よかったです!

――往復書簡という形でやりとりをしていく中で学んだこと、印象に残ったことはありましたか?

上白石 これからも大切にしていきたい気づきや学びばかりで、たくさん宝物をいただいたなと思います。深く自分の中に刻まれたのは、想像力を働かせるということ。それは翻訳だけではなくて、人として生きるために必要なことですよね。「この人はなんで、こう言っているんだろう」とか、自分本位ではなく相手の立場になって考えてみることの大切さを学びました。それから、自分の想像力次第で、ものを180度ひっくり返すことだってできる、心構えで解決することはたくさんあるんだっていうことにも気付かされました。

河野 役者さんであり歌手でもある萌音さんは、いい表現やきれいな言葉のストックを、きっとたくさんお持ちなんだなと感じました。こちらのちょっとしたアドバイスで、すごくいい表現がパッと返ってくることもあって。私も本からだけでなく、舞台や映画などを味わう中からも、表現の幅を広げていきたいなと改めて思いました。

 それから、大学などで教えている立場からも、萌音さんの学ぶ姿勢は印象的でした。強い言い方をしたら落ち込んでしまうかな、励ましながらの方がいいかな、などと気を使ったりせず、「ここは違う」「もっとこうしたら?」と率直にお伝えしても、いつもまっすぐ前向きに受け止めてくれるんですよね。そしてもっと知りたい、上手くなりたいという気持ちが伝わってくるんです。人としてのあり方とか、姿勢と言ったらいいんでしょうか。私もこういうふうでありたいなと思いますね。

上白石 恐れ入ります……。

――「翻訳書簡『赤毛のアン』をめぐる言葉の旅」をどのように楽しんでほしいと思いますか? 本書を手に取る方々へのメッセージをお願いします。

上白石 翻訳に興味がある方はもちろん、英語を苦手に感じている方や翻訳に少し堅苦しい印象をお持ちの方はきっと、読んでびっくりされると思います。翻訳ってこんなに自由なんだと気づくと思いますし、翻訳や言語というものに対する凝り固まった考えをほぐしてくれる本になると思います。英語や日本語を見つめ直すきっかけにもなれば嬉しいですし、自分も翻訳をやってみたいなって思っていただけたら幸せですね。それに、言葉は違ってもやっぱり同じ人間なのだと感じる部分もあると思います。本当に間口の広い、器の大きい本です。

河野 翻訳というと、机の前に向かって行なう静的な仕事というイメージだと思うんですけど、実際は訳者の脳内では物語世界の中に飛んでいって一緒に冒険したりしていて、すごく動的なんですね。この往復書簡を通して、そんな面白さやワクワク感をぜひ楽しんでほしいです。そして、楽しんでいるうちに「英文和訳」と「翻訳」ってこんなに違うんだなと知っていただいて、翻訳によって物語の中に深く入って羽ばたけるという感覚を味わっていただけたら一番嬉しいですね。コラムも充実しているので、『赤毛のアン』という作品を新しい角度から楽しめる本になっていますし、何より最初は「英文和訳」だった萌音さんの日本語が、どんどんしなやかになって「翻訳」に変わっていく、その変貌ぶりもぜひ見ていただきたいです。

上白石 そこはノンフィクションです。

河野 この本は萌音さんが成長していくノンフィクションですね!

上白石 はい、最高の授業でした!

河野 ありがとうございます! もう最高の生徒でした!

上白石萌音さん衣装:パフスリーブブラウス60,500円(Sea New York/BRAND NEWS tel: 03-3797-3673)、ワンピース68,200円(leur logette/BRAND NEWS)、イヤリング 本人私物、サンダル スタイリスト私物。スタイリスト:嶋岡隆、北村梓(Office Shimarl)