石川編 幻想か現実か、謎広がる古都 文芸評論家・斎藤美奈子
加賀百万石の城下町とその奥の日本海に大きく突き出した能登半島。石川県の文学の第一印象を一言でいえば「ミステリアス」だ。
それを端的に体現しているのは松本清張『ゼロの焦点』(1959年/新潮文庫)だろう。結婚直後に失踪した夫の消息を求め、東京から金沢に飛んだ禎子(ていこ)。彼女が現地と行き来する中で知ったのは、夫の過去と彼が羽咋(はくい)郡高浜町で営んでいた別の女性との生活だった。読者をじらしにじらしたあげく、徐々に明らかになる真相。烈風が吹く能登の西海岸の断崖が抜群の効果を上げている。
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恩田陸『ユージニア』(2005年/角川文庫)もミステリアスな作品だ。名家の当主の還暦祝いとその母の米寿祝いを兼ねた席で子ども6人を含む17人が毒殺された。物語は事件の関係者がそれぞれの記憶を語る、芥川龍之介『藪(やぶ)の中』に似た形式で進行するが、盲目の少女緋紗(ひさ)子の関与をにおわせながらも最後まで真相はわからない。K市とだけ記された街は明らかに金沢で、錯綜(さくそう)する証言に読者は翻弄(ほんろう)され続ける。
犀川(さいがわ)と浅野川という2本の川に挟まれた地形と独自の文化。2015年に北陸新幹線の長野―金沢間が開業、金沢は東京から2時間半で行ける街になった。が、それ以前には謎めいたイメージがあったのかもしれない。泉鏡花、室生犀星(むろうさいせい)、徳田秋声らの文豪を生んだ北陸の古都は実際、文人憧れの地であった。
その感じを凝縮した小説が吉田健一『金沢』(1973年/講談社文芸文庫『金沢・酒宴』所収)で、ここでは金沢で家を手に入れた東京在住の男性が、さる骨董(こっとう)屋の導きでただただ現実とも幻想ともつかぬ至福の時間をすごすのだ。
しかしもちろん、ここで生まれた人にとっての金沢は幻想ではない。唯川恵『夜明け前に会いたい』(1993年/文春文庫)は〈十二月の半ば、金沢では雷が激しく鳴り響く〉という一文から始まる。主人公は婚外子として元芸妓(げいぎ)の娘に生まれた女性、三角関係がらみの恋の相手は加賀友禅の新進作家。新幹線開業時の2015年に一部改稿され、今日によみがえった。観光地ひがし茶屋街の日常が見える金沢テイストにあふれた恋愛小説である。
一方、五木寛之『朱鷺(とき)の墓』(1978年/角川文庫)の主人公はこの茶屋街の往年の売れっ子芸妓だ。
時は1905年の日露戦争時、ロシア捕虜の収容所がある兼六園内で起きた日本人による襲撃事件。物語は事件を隠したい日本軍の要求を蹴った芸妓染乃(そめの)を中心に進行する。染乃はロシア人少尉と結婚、母国に戻った夫の帰還を東京で待つが、彼女はウラジオストクに売られるわ、夫は政治犯としてイルクーツクに送られるわ……。〈あの海の向(むこ)うにシベリアがある〉〈シベリアの向うに、ロシアの果てしない大地が広がっている〉。金沢から大陸にまで舞台が広がる一大スペクタクル小説だ。
来年1月1日で震災から丸2年を迎える能登の文学も少しだけ。
森見登美彦『恋文の技術』(2009年/ポプラ文庫)は京都の大学から能登に派遣された大学院生の物語だ。七尾駅に近いアパートから能登鹿島駅(穴水町)の臨海実験所に通う彼は、クラゲの研究をしながら何人もの知人と文通を始める。〈君も能登へ来い。そして、この孤独を味わうべきだ〉などと書きつつ、能登島水族館でイルカを観察したり、和倉温泉の湯につかったり、UFO伝説のある羽咋市に赴いたり、彼の日常はけっこう楽しそうである。
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能登といえば、忘れられないのが西村賢太だ。『どうで死ぬ身の一踊り』(2006年/角川文庫など)は大正期の私小説作家・藤澤清造に私淑する「私」が清造の出身地・七尾の菩提(ぼだい)寺を訪れる話である。孤独死した清造の人生に自身を重ねる彼は清造の追悼会を自ら主催し、清造全集の出版を夢見ているが、実生活はダメダメで。後に『苦役列車』(2011年)で芥川賞を受賞した無頼派作家の衝撃作。22年、54歳の若さで他界した西村は、念願通り今は清造の墓の隣の墓で眠っている。24年の震災で2人が眠る西光寺も被災したが、ファンの寄付などで墓は修復された。希代の作家がつないだ読者と能登との縁である。=朝日新聞2025年12月6日掲載