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人の心に根ざした怖さは古びない 現代作品を超えていく古典ホラー3冊

海外ホラーの傑作を選りすぐり、新訳に

『新編 怪奇幻想の文学1 怪物』(紀田順一郎、荒俣宏監修、牧原勝志編、新紀元社)は、発売を心待ちにしていたシリーズの第1巻。紀田順一郎と荒俣宏という斯界のビッグネームが、1970年代に編んだ海外ホラーの伝説的アンソロジー「怪奇幻想の文学」がベースになっているが、単なる復刊や新装版ではないのがミソ。オリジナルの枠組みを生かしつつも、収録作品を大幅に入れ替え、すべての収録作を新訳することで、現代の読者に向けた新たな古典ホラー叢書を作り出している。

 英米の長いホラー文学史から選び抜かれた11編だけに、どれを読んでもまあ面白い。メアリー・シェリー、アンブローズ・ビアス、H・P・ラヴクラフト……。目次にはホラーファンにとって旧友のように懐かしい名前が並ぶ。作風や題材もバラエティに富んでおり、海から現れる忌まわしいキノコの化け物あり(W・H・ホジスン「夜の声」)、山岳地帯に出没する妖怪変化あり(マンリー・ウェイド・ウェルマン「ヤンドロの小屋」)。〈怪物〉テーマの奥深さを実感させてくれるのだ。

 個人的にはエルクマン=シャトリアンの「狼ヒューグ」が印象的だった。19世紀に書かれた人狼小説だが、キャラクターの配置やストーリー展開はほぼ現代エンタメのそれ。明快な訳文のお陰もあって、古典であることを忘れる面白さである。こんな〝大物〟がまだ訳されずに残っていたとは驚きだ。「新編 怪奇幻想の文学」は全6巻刊行予定。今後も〈吸血鬼〉〈黒魔術〉など魅力的なテーマが続くようなので、注目していきたい。

とにかく怖い 直木賞作家・橘外男の怪談コレクション

 橘外男は1938年「ナリン殿下への回想」で直木賞を受賞した大衆作家。実話小説から満州もの、少年少女小説までさまざまなジャンルに筆を振るったが、外男文学の代名詞といえば何といっても海外を舞台にした秘境幻想小説と、純日本風の怪談小説だろう。『蒲団 橘外男日本怪談集』(中公文庫)は、現代ホラーの先駆者ともいえる橘外男の名作怪談を収めたベストセレクションだ。

 とにかく怖いことで有名な呪物怪談「蒲団」、美しい少年と従者の霊が山寺に現れる「逗子物語」の2大傑作をはじめ、祟られた一族の滅亡をおどろおどろしい筆致で綴った「棚田裁判長の怪死」、不遇な若夫婦の死後の恋を描く「棺前結婚」など6編を収録。巻末に置かれた「帰らぬ子」は愛児の喪失体験を背景にした、一読忘れがたい随筆風の怪談である。

 迫真の語りが虚実の境目を突き崩す独特の恐怖世界は、今日なお衝撃的。怪談実話や都市伝説に親しんでいる若いホラーファンにも、新鮮な驚きをもって迎えられるはずだ。

怪談の名手・岡本綺堂のすごみをあらためて感じる

『半七捕物帳』の作者として知られる岡本綺堂は、日本文学史上屈指の怪談の名手でもあった。『青蛙堂鬼談』『近代異妖篇』などに収められた名品の数々は愛好家の間で読み継がれ、宮部みゆきら現代作家にも多大な影響を与えている。

『お住の霊 岡本綺堂怪異小品集』(東雅夫編、平凡社)は、今年生誕150年を迎える綺堂の傑作23編を収めたアンソロジー。これまで一部を除いて復刻されたことがなかった連作「五人の話」や、綺堂のホラー&ファンタジー趣味をうかがわせる怪奇戯曲、初期に執筆された怪談実話コラムなど、他では読めないレア作品を満載したマニア垂涎の一冊となっている。

 なかでも怖ろしかったのは表題作「お住の霊」。実は『半七捕物帳』の一編「お文の魂」とほぼ同じ話なのだが、半七による謎解きシーンがないだけに何倍も恐怖を感じる。「不思議な事には頭から着物までビショ湿(ぬ)れに湿(ぬれ)しおれた女が、悲しそうに悄然座って居りました。おやッと思う中に、其の女はスルスルと枕辺へ這って来て」――というカバー画に描かれている場面など、綺堂先生のすごみをあらためて感じさせるものだった。

 何十年前に書かれた作品であろうと、優れたホラーは古びない。それどころか最先端のホラーよりも、はるかに鋭い恐怖をもたらすことがある。人の心の深いところに根ざした、ホラーというジャンルの面白さだろう。