ミュージアムグッズはストーリーの塊
――前作も今作も、こんなミュージアムやミュージアムグッズがあったんだと驚かされました。「ミュージアム」というと美術館を思い浮かべがちですが、博物館はもちろん動物園や水族館も含まれていて、この振れ幅も「ミュージアムグッズのチカラ」シリーズの魅力の一つかと思います。
地域はもちろん、ミュージアムのジャンル自体も超えていきたいという気持ちがありました。ミュージアム同士の横の繋がりがあまり感じられないのと、決まったジャンルのミュージアムにしか足を運ばない来館者も多いような気がして。そこを繋ぐのがミュージアムグッズなんじゃないかなという思いも、本を作りながらどんどん強くなっていきました。
――あまたあるミュージアムグッズの中から、どういう基準でセレクトされているんでしょうか。
まず、オリジナルグッズであるという点をすごく大事にしています。基本的に常設で買えるもので、私としてはミュージアムの使命や魅力を表現しているものをセレクトしたつもりです。要はミュージアムグッズ一つで、いろんなことを語れるもの。例えば、グッズの制作過程からミュージアムのコミュニティや組織としての在り方を語ることもできるし、地域の伝統工芸や伝統技術と結びついたグッズなら産業的な面からも語ることができます。どちらの本でも、“語りがいのあるグッズ”を意識して紹介しました。特に『(ミュージアムグッズのチカラ)2』は、ミュージアムやショップのスタッフの方々に向けて、「その手があったか」「うちでもこういうことをしてみよう」と思ってもらえるような内容を意識して作っています。
――本シリーズで紹介したミュージアムグッズのなかで、大澤さんのおすすめグッズを教えてください。
作り手側にインタビューをさせてもらったグッズはどれもおすすめですね。例えば、今回の本なら、青森市小牧野遺跡保護センター縄文の学び舎・小牧野館の「遮光器土偶メガネ」や「小牧野遺跡マグ&キャップ」。グッズのアイデアはユニークで面白いし、「縄文ってかっこいい」と思ってもらえたら嬉しいという彼らのスタンスがグッズにもよく出ているなと思います。小さい組織なのに、ミュージアムにおけるホスピタリティーを実践しようと頑張っていて、すごく好きです。
それと、「好書好日」読者の方におすすめしたいのは、文学館グッズ。室生犀星記念館の豆本ブローチはちゃんと本を開くことができて、作品の一部が楽しめるようになっているんですよ。前作で紹介した新宿区立漱石山房記念館の「夢十夜」の活版印刷メモ帳も素敵で、「漱石の言葉を持ち帰りたい」という来館者の方の意見を参考に生まれたグッズなんです。
ミュージアムグッズの何に惹かれるんだろうと改めて考えてみると、モノとしての面白さに惹かれる部分もあるんですけど、それよりもミュージアムグッズを通して見えるミュージアムの組織の面白さや中の人たちのコミュニケーションの在り方に惹かれるんだなと思いました。良い組織であれば、それぞれの専門知へのアクセスが風通しもよくてスムーズにできるんですよね。そういう部分がミュージアムグッズにも出ているんです。
――作り手へのインタビューは、グッズ開発の裏側を垣間見ることができて読み応えもありました。作り手側の話を聞くことで、買う側も購買意欲を刺激されるし、思い入れも強くなります。
そうですよね。実はミュージアムグッズって、今の消費傾向にも意外とマッチしているんじゃないかと思います。最近は、単にモノを買うのではなく、その背景にあるストーリーも含めて買い物をしますよね。ミュージアムグッズは文化的・地域的背景を形にしたグッズもあるし、来館者自身のミュージアムでの思い出や経験を見出しやすいものでもあるので、まさにストーリーの塊だなと思います。
「ミュージアムグッズ愛好家」を名乗る理由
――そもそも大澤さんがミュージアムグッズに夢中になったきっかけは?
大学3年生のころに学芸員資格を取るために、北大の博物館で博物館実習を受けたんです。そこで博物館学の面白さを知りました。博物館で研究されたことは人類の記憶の集積として受け継がれていくものなんだと実感しましたし、博物館の役割も知ることができて博物館に対する見方が変わったんですよね。それまでは、ミュージアムというと展示を見るところというイメージが強くありました。でもこの実習を通して、ミュージアムには、収集、保存、研究、展示、そして教育と、いろんな役割があることに気付かされました。さまざまな資料や作品を集めて管理して、それらをもとに研究をし、その成果を発表している場であるということを学べたのはすごく大きかったと思います。
もともと雑貨などのモノが好きだったことや大学でメディアデザインを学んできたこともあって、ミュージアムグッズってミュージアムのメディアじゃないかという考えが浮かんできたんですよね。社会教育施設としての役割を伝えるものでもあるし、来館者にとってはミュージアムでの思い出や経験を持ち帰れるものなんじゃないかと。それで、大学院で博物館経営論の観点からミュージアムグッズの研究を始めて、ミュージアムグッズをテーマに修士論文も書きました。
――博物館学を学んで、ミュージアムやミュージアムグッズの見え方がガラリと変わったんですね。
そうですね。それまでは、ミュージアムグッズは展覧会のおみやげ的な要素が強いものだと見ていたんですけど、ミュージアムの面白みや魅力がもっと出ているものがあってもいいんじゃないか、そういうものがあったらいいのにという思いが強くなりました。
大学院卒業後は就職したんですが、結婚を機に会社を辞めて、やっぱりミュージアムグッズに関わる仕事をしたいと思うようになりました。でも、学芸員になるとか、ミュージアムショップで働くとか、「中の人」になるっていう考えはなかったんですよね。もうちょっと距離を置いて、ミュージアム全体やミュージアムショップ全体を広く見る仕事がしたい。でも、そんな仕事は既存にはないので、自分で作るしかないと、まずは『ミュージアムグッズパスポート』という、ミュージアムグッズを広く総論するリトルプレスを作り始めました。そこで、「ミュージアムグッズ愛好家」と名乗って活動し始めたんです。
――そうやって活動を続けられて、大学院時代も含めると10年ぐらいですよね。個人的に気になるのが、大澤さんは「ミュージアムグッズ研究家」とは名乗らずに、「愛好家」と名乗っているところです。これには何か意図があるんじゃないかなと思うのですが……。
私が取り組んでいることが研究だけじゃないという部分が大きいです。それと、「研究者」と名乗ると、学会に所属したり論文を出したりする必要があるし、そうやって研究をされている研究者の方々へのリスペクトもあるので、自分の活動はちょっと違うかなと思っています。とはいえ、研究をしているという自負はあって、私としてはアカデミックな研究とマーケットとの間に立ちたいんですよね。
よく「もはや愛好家ではないんじゃない?」と言われるんですけど、私自身は「愛好家」という言葉に含まれるアマチュアリズムみたいなものをすごく愛しているんです。ある種の権威性のようなものとは真逆ですよね。そうやって一定の距離を置いてミュージアムを外から見たり、いろんな立場の人たちと協働したりしながら活動していきたい。そうなると「愛好家」という肩書きがいちばんしっくりくるんですよ。
良いミュージアムグッズとは?
――長年ミュージアムグッズを見つめきた大澤さんが考える良いミュージアムグッズってなんでしょう?
私が素敵だなと思うミュージアムグッズは、やっぱりミュージアムの使命や姿勢みたいなものが見えてくるオリジナルグッズ。組織のあり方や中の人たちがミュージアムをどう捉えているのかが分かるグッズはいいですよね。所蔵品やロゴ、建築などミュージアムの財産をいかに活かそうかと心を砕いて作られたグッズはすごく好きです。
逆に語るのが難しいのが、悪いミュージアムグッズとは何かという話。予算や人員など、それぞれのミュージアムが抱えている事情があるわけです。例えば、展示でなくミュージアムグッズばかりに力を入れてしまうのは本末転倒だという考えのもと、あえてミュージアムショップでは特に何もしないというところだってあると思います。それはそれで一つの考え方であり、ミュージアムの姿勢や在り方の一つを示しているように見えるんですよね。
――ただミュージアムグッズとしては魅力的に見えないというだけで、一概に悪いと切り捨ててしまってはいけないと。
そうですね。私にとっては全てが研究対象、見つめる対象なんです。ただ、ミュージアムへの取材を通して感じたのは、ミュージアムの財産は所蔵品や資料、建築、ロゴなど形あるものだけじゃなくて、ミュージアムの組織やコミュニティの在り方そのものも財産なんだということ。その思いは取材をすればするほど、強くなりました。
私はミュージアムグッズも大好きだけど、そもそもはミュージアムが大好きなんですよね。だから作り手へのインタビューでも、グッズとしての面白さだけを聞くのではなくて、ミュージアムとしての面白さやそれがどうグッズに反映されているのかを聞くようにしています。これまで文房具や雑貨としての文脈でミュージアムグッズを紹介することはあっても、博物館学の中でミュージアムグッズを捉えるということはあまりされてこなかったので、そこを自分が担うことができたのは大きかったし、それが自分のオリジナリティーでもあるなと思います。
――今後はどんな活動をしていきたいですか。
『ミュージアムグッズのチカラ』の海外編を作りたいです。日本はやっぱり物づくりの国だなと思います。ミュージアムグッズのモノとしてのレベルはすごく高い。ただ、背景部分では海外に見習うべき部分もあるなと思うんです。例えば、アメリカではミュージアムショップの横のつながりやガイドラインといった制度的なものがあったり、社会とのつながりやエシカルな背景もあったりして、先進的だなと思います。モノ自体の面白みや良さとは別の観点で取材してみたいですね。
日本でもミュージアム同士の横断的なつながりや、問題点や課題をシェアできるような場、風土を作っていけたらいいですよね。それがミュージアムとマーケットの間に立っている私に求められていることなんじゃないかなと思うんです。