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「原爆投下、米国人医師は何を見たか」書評 繰り返された「警告・包摂・共謀」

評者: 行方史郎 / 朝⽇新聞掲載:2022年08月06日
原爆投下、米国人医師は何を見たか マンハッタン計画から広島・長崎まで、隠蔽された真実 著者:ジェームズ・L.ノーラン Jr. 出版社:原書房 ジャンル:国防・軍事

ISBN: 9784562071869
発売⽇: 2022/06/23
サイズ: 20cm/353,42p

「原爆投下、米国人医師は何を見たか」 [著]ジェームズ・L・ノーラン Jr.

 原爆を極秘開発した米マンハッタン計画。ロスアラモスにつくられた研究所に数多くの科学者が動員され、そのなかには医師の資格を持つ者たちがいた。
 彼らの任務は複雑で多岐にわたる。研究所の職員や家族に対する日常の診療はもちろん、被曝(ひばく)を伴う作業の安全評価もしなくてはならない。当時、放射線の健康影響に関する知見は皆無に等しい。血液や尿のデータを記録しつつ、それを解明するのもまた課せられた重要な使命だった。
 なかでも本書の主人公は科学者を指揮したオッペンハイマー博士の娘をお産で取り上げたというノーラン医師だ。広島に投下される原爆の材料を太平洋の島まで運び、日本が降伏した後には広島と長崎を訪れ、住民の健康影響調査にも当たった。被害を著しく過小評価した顚末(てんまつ)が本書のハイライトの一つではあるが、ここでは触れない。
 注目すべきは、この日本での調査を含め、1990年代に詳細が明らかになるプルトニウムを使った人体実験、研究所内での被曝死亡事故に至るまで、一連の出来事への対処に共通性を見いだしているところだ。
 とりあえず事前に注意は促すものの、軍上層部に無視・軽視される。やがていやが応でも取り込まれ、秘密保持という大義のもと事実隠蔽(いんぺい)に加担してゆく。「警告・包摂・共謀」と著者が名付けたこのパターンには、時代を超えた普遍性があるのではないか。
 職務を離れてからのノーラン医師は大学教授となり、放射線治療の先駆者として名をはせた。著者はこのノーラン教授の孫だ。祖父の死後、母親が持ってきた秘密の箱を開けると、たくさんの記録や写真、手紙が出てきた。まるで映画のようなエピソードをきっかけにマンハッタン計画で医師たちが果たした役割を検証する長い旅が始まる。
 祖父への評価には思い入れと葛藤が交錯する。その読み解きもまた本書に仕込まれた伏線の一つである。
    ◇
James L.Nolan,Jr. 米ウィリアムズ大教授(社会学)。著書に『ドラッグ・コート アメリカ刑事司法の再編』など。