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「カヨと私」書評 ヤギになり一緒に草を食みたい

評者: 稲泉連 / 朝⽇新聞掲載:2022年08月13日
カヨと私 著者:内澤 旬子 出版社:本の雑誌社 ジャンル:技術・工学・農学

ISBN: 9784860114701
発売⽇: 2022/07/06
サイズ: 20cm/252p

「カヨと私」 [著]内澤旬子

 今から8年ほど前、小豆島に移住した内澤旬子さんは、一頭のヤギを飼い始めた。本書はその日々を描いた作品なのだけれど、読み始めてすぐに気づくのは、「飼う」という表現ではこの“二人”の関係はとても言い表せない、という思いだった。
 小さくて真っ白なカヨが家に来た時、彼女はその美しさに見惚(みほ)れる。ヤギがこれほど優美な生き物だとは思わなかった。そう感じた彼女は五感を最大限に使ってカヨと心を通わせ、カヨの気持ちを想像し、その世界を慈しむ。
 本書の凄味(すごみ)は、その静かな日々がいずれ一筋縄ではいかないものへと変わっていくことだ。
 成長したカヨは発情し、子ヤギを産み、いずれ母となる。著者とカヨの関係性はその都度、思わぬ方向に変化し、ヤギ舎を建てる必要が生じたり、増えるヤギたちの扱いに思い悩んだりする。
 「飼い主」であると同時に「パートナー」であり、「家族」のようでもあるカヨと子ヤギたち――。
 ただ、そこは『世界屠畜(とちく)紀行』で世界の食肉の現場をルポし、『飼い喰(ぐ)い』で3匹の豚を飼育した著者である。本書にもまた、動物の生を引き受ける重さへの客観的な視点が底流しており、それが背骨のようになって作品を強く自立させている。
 それにしても、ふとした瞬間にありありと描かれる島の自然に、心に沁(し)み広がるような感動を覚えるのは何故だろう。カヨと心を通わせようとするなかで、著者自身の目にうつる島の自然が、あらためて輝きと豊かさを増していくからだろうか。
 海に連れて行ったカヨに〈寂しくなったらここに来て、一緒に海を見よう〉と著者は語りかける。ときには自分もヤギになって一緒に草を食(は)みたいとさえ思う。愛情深く描かれる「いま」という時間のかけがえのなさに、何度も胸が詰まるような切なさを感じた。
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うちざわ・じゅんこ 1967年生まれ。文筆家、イラストレーター。『身体のいいなり』(講談社エッセイ賞)など。