「コークスが燃えている」書評 支え合う女たちの盤石な温かさ
ISBN: 9784087717952
発売⽇: 2022/06/03
サイズ: 20cm/157p
「コークスが燃えている」 [著]櫻木みわ
主人公、ひの子はデビューしたばかりの小説家で、新聞社の契約社員として働きながら執筆を続けている。一年半前に春生と別れ、仲のいい友人、有里子は徳之島に移住、両親はすでに他界、弟は関西におり、親しい人が近くにいない。
過去に弟と一悶着(ひともんちゃく)あった女性、沙穂に突然呼び出され、バー・コークスで食事をするシーンから本書は始まる。沙穂の言葉に感化されたひの子は春生に連絡し、急転直下で思いがけない妊娠をする。喜ぶひの子だったが、育休を取ろうにも非正規には厳しい規定があり、収入の少なさ、頼れる人が周囲にいないことが彼女を少しずつ追い詰めていく。
本書の節々には、ひの子の地元である福岡・筑豊の、女坑夫たちの聞き書き集の存在が差し込まれている。孤立しているように見えるひの子だが、有里子や沙穂、電車で知り合ったエチオピア人のリディア、亡き母、本の中の女坑夫たちと、彼女は細い糸で繫(つな)がり、その細い糸が編み上げた柔らかなネットに救われていることが次第に伝わってくる。
人との関わりは、物理的に支えることが全てではない。誰かの言葉や体験が、記憶や文字を通じて継承されていくこと、離れたところから画像にいいねを押すこと、言葉に出さずとも考えること、考えられること、そういうさりげない思いや行為によって、人は少しずつ支えられて生きているのだと気づかされる。
赤ちゃんって焚(た)き火みたい。有里子は言う。あるだけでその場があかるくなるが、火が消えないよう世話し続けないといけない、と。きっと、大人は焚き火ではなくコークスなのだ。誰にも見られていなくても、静かに燃え続けるコークス。それは寂しくも、孤独でもない。気づかないうちに誰かを温めているような、ささやかで、しかし盤石な温かさこそがこれからの人類を救うのだと、この物語から揺蕩(たゆた)う柔らかな熱気が教えてくれた。
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さくらき・みわ 1978年生まれ。大学卒業後、タイの出版社に勤務。2018年、短編集『うつくしい繭』でデビュー。