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「誰も断らない」書評 「第二の安全網」中立的な筆致で

評者: 神林龍 / 朝⽇新聞掲載:2022年08月20日
誰も断らない こちら神奈川県座間市生活援護課 著者:篠原 匡 出版社:朝日新聞出版 ジャンル:社会・時事

ISBN: 9784022518255
発売⽇: 2022/06/20
サイズ: 19cm/268p

「誰も断らない」 [著]篠原匡

 生活保護制度と並んで、生活困窮者自立支援制度という制度があるのはご存じだろうか。民主党政権末期から具体化された、「第二のセーフティネット」と呼ばれる社会保障制度のことである。一挙手一投足が管理される生活保護制度と異なり、被支援者本人の努力や気持ちを最大限尊重する。行政や支援者は本人に寄り添い、必要ならば助けるという姿勢が特徴だ。この制度の、ある基礎自治体における運用実態を取材したのが本書である。
 あまたの類書中、本書最大の特徴は、日経BP社で長く活躍してきた編集者が執筆している点だ。本書で紹介される座間市や滋賀県野洲市の例は、リーディングケースとして業界でこそ名高いが、元ビジネス誌の編集者の視野に入ってくるほどフツウになったとは評者には新鮮だった。
 もともと社会福祉に携わる人びとは限られる傾向がある。現場が一般社会から隔てられてしまう危機感からか、ルポルタージュも、その活動にシンパシーをもつ人の熱い言葉や主張で埋めつくされることが多い。しかし本書の場合、筆者がビジネス誌に携わってきた「自認する素人」だったからだろう、一歩引いた立場からの中立的な筆致が重苦しさを感じさせない。かなり壮絶なはずの、ケースワーカーが孤独死に直面する場面なども淡々とまとめてしまう書きぶりだ。加えて、組織の概要や各人物の役割、組織間のつながりなどの説明もわかりやすく、第二のセーフティネットの仕組みを理解するのに最適なルポに仕上がっている。
 ただし、これらの先進事例は実際には全国的な広がりを見せてはいない。資源の制約はもちろん、その土地にはその土地に即した社会保障のやり方があるからかもしれない。この評者の推論が正しければ、それを見つけるのはその地に住む人びとしかいない。本書を手に、自分の土地にふさわしい社会保障を話し合ってみるのはどうだろうか。
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しのはら・ただし 作家・ジャーナリスト・編集者。日経BP社を経て独立。著書に『腹八分の資本主義』など。