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益田ミリ「今日の人生」 日常淡々、ふと自身の内面を

 『今日の人生』は漫画だが、「益田ミリ」を漫画家とカテゴライズすることには抵抗がある。著者の出世作である『すーちゃん』(幻冬舎)も漫画だが、シンプルなイラストの主人公「すーちゃん」が架空の人物であると頭ではわかりつつ、どうも実在している気がしてならない。著者が「すーちゃん」であるような錯覚すら憶(おぼ)えるのだ。

 『今日の人生』に至っては著者本人が主人公であり、大きな事件も起こらない日常を淡々と綴(つづ)りつつも、ふと立ち止まって自身の内面を覗(のぞ)き込む。それはエッセーと小説の間(あわい)であり、純文学を読む感覚に似ていた。その文学的魅力を知る文芸担当としては、益田ミリを自分の棚に置きたい。「コミック担当に独占させるか!」「いやいや、たとえ小説作品でもコミックの棚に置くべきだ!」。書店員同士の攻防が全国各地の書店で勃発した結果、展開面積が広がり、ヒットにつながったとするのは考えすぎだろうか。

 ところでこの原稿は、田んぼに囲まれた旅先のカフェで書いている。テーブルには益田ミリの本が2冊。彼女の本は、なぜかこうして旅先に連れてくることが多い。積ん読本はたんまりあれど、もう何度も読んだそれらをカバンに入れてしまう不思議。しかしそれについては『今日の人生2 世界がどんなに変わっても』に答えを見つけることができた。著者が旅先で、自分以外の誰かが旅をする物語を読んでいたのである。そうすることで、旅先のまたその先へ行けるような気がするから、と。旅する物語を旅先で読む話を、私はまた別の旅先で読んでいる。もう私たちは、どこへだって行けそうではないか。

 益田ミリが描く益田ミリは、様々な理由で旅に出る。花粉から逃れるために北海道へ、図書館で本を読むだけのために岐阜へ。もう少し私は、私のために生きてもいいのかもしれない。そんなことを思って顔を上げると、隣の席の人が私の本をじっと見つめていた。=朝日新聞2022年8月20日掲載

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 ミシマ社・1650円=14刷8万7千部。17年刊。『今日の人生2』(20年刊)は6刷4万3千部。女性読者が多いが男性も。「自分の日常が拾われた、と感じているのでは」と担当者。