本書は、答えのない問いに向き合いつづける指導者たちの言葉を記録した。目標を見失いそうになったとき、人はどうやって前を向けばいいのか。どのような言葉をかけ組織をまとめていけばいいのか。環境や社会が変わったことで、考えをどうアップデートしたのか。限られた時間内でできることはなにか。現在の社会全体が抱えるこうした「問い」に、例えば高校野球の名将たちはどのような答えを出したのかという切り口で挑み、野球にとどまらない思索のヒントを示している。
2020年春から本格的に蔓延(まんえん)したウイルスは幾多の変異を経ていまだ猛威をふるっている。そして考えてみてほしい、いま甲子園(第104回全国高等学校野球選手権大会)で闘っている球児たち、いや、今年3年生だった全国の高校生たちは、高校入学時からコロナ禍なのだ。変化し続ける感染予防のガイドラインや感染対策に振り回され続けてきた。そんな状況でも野球を諦めなかった選手たちとその指導者である監督たちの夏の甲子園もいよいよ佳境だ。
思い起こせば20年のセンバツ中止から、夏の大会中止、センバツ出場内定校同士の無観客での交流試合、21年の夏の大会では宮崎商と東北学院の出場辞退、今年に入っても感染者や濃厚接触者による選手の入れ替え、日程の入れ替えなど様々なことが起こった。
もっとも注目度の高い高校野球の大会がどのようにコロナに対応しているか、そして各校の指導者たちがどのような判断を下していくかは、野球以外のスポーツの大会などにも影響力がある。本書がいわゆる強豪校といわれる日大三、龍谷大平安、中京大中京、花咲徳栄、県立熊本工、明徳義塾、前橋育英、八戸学院光星の8校の監督たちに、特に混乱をきわめた20年のコロナ下になにを考えていたかということを中心にインタビューを行ったのは、こうした理由からだ。
どの監督たちもアプローチや背負っている歴史がちがうから読み応えがある。が、興味深いのは全員が共通して、選手たちとのコミュニケーションだけは密にし、短い練習時間を効率よく行うために組織の上下関係さえ見直したことだ。「甲子園」が目的なのではなく、「自分自身で『コントロールできること』と『コントロールできないこと』を分けて考え」(前橋育英、荒井直樹監督)ることのなかで全力を尽くすのだという、高校野球「後」の生き方、精神力を身につけることこそが目標なのだと常日頃から口を揃(そろ)えて教育していた。
気持ちの切り替え方、育て方、まとめ方、区切り方の指南書。甲子園は、その指南を全国中継で実践している場だからこそ、野球ファン以外も釘付けにするのだろう。=朝日新聞2022年8月20日掲載
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双葉社・1870円 著者は、1973年生まれのスポーツジャーナリスト。過去、甲子園大会が中止されたのは、米騒動(1918年)と第2次大戦時(41~45年)だった。