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実在する別人になりすます異色のサスペンス 青木U平「ミワさんなりすます」(第133回)

 前回は「ハーレムもの」、すなわち美少女がたくさん登場するラブコメを取り上げたが、その少女マンガ版に「逆ハーレムもの」と呼ばれるジャンルもある。本命以外にも何人ものイケメンが登場し、ヒロインがモテモテになるというパターンだ。1996年から「花とゆめ」(白泉社)で連載され、日本だけでなく、台湾と韓国でもテレビドラマ化された大ヒット作『花ざかりの君たちへ』(中条比紗也)もそのひとつだろう。

 あこがれの陸上選手・佐野泉に近づくため、芦屋瑞稀(みずき)は男装して全寮制の男子校・桜咲(おうさか)学園高校に転入する。小学生ならともかく、女子高生が男子のふりをして寮で共同生活をしてバレないわけがないのだが、瑞稀を女子だと気づくのは泉など一部の者だけ。女子が男子になりすまして“イケメンの園”で生活する。現実にはありえない設定だからこそ夢があり、多くの少女の心をつかんだのかもしれない。

 ヒロインが男になりすました『花ざかりの君たちへ』に対し、「実在する別人」になりすますのが現在「ビッグコミックオリジナル」(小学館)で連載中の『ミワさんなりすます』(青木U平)だ。
 アラサーで高卒フリーターの久保田ミワは、年間1520本(1日4本のペース!)の映画を鑑賞し、人生のほとんどを映画にささげてきた強烈な映画オタク。ある日、いちばんの“推し”である54歳の国民的俳優・八海崇(やつみ・たかし)が家政婦を募集していることを知る。しかし応募条件は大卒、TOEIC800点以上、調理師資格など、ミワには手も足も出ないもの。せめて採用されるスーパー家政婦を見ようと八海邸を訪ねたところ、思わぬアクシデントによって採用が決まっていた美羽(みわ)さくらとまちがえられ、ついそのままなりすましてしまう。

 繊細に描かれるミワの心理描写がいい。がんばっているのにうまくいかない――。男女を問わず、彼女が抱える“生きづらさ”に共感する人は多いはずだ。小心で不器用なミワは実に感情移入しやすく、正体を隠して働く彼女が感じるハラハラドキドキをともに体験することになる。早く八海に事実を告白して裁きを受けなければと思いつつ、崇拝する“推し”と親しく言葉を交わせる夢のような日々の中、なかなか機会を見出せない。ずっと社会に否定されてきた自分の生き方(映画オタク)が“神”(八海)によって肯定されるのだから、その幸福をそう簡単に手放せるはずもないだろう。

 やがて「本物」の美羽さくらが現れる。実は彼女もミワと同じ八海信者。普段はクールな才媛なのに、八海のことになるとオタク丸出しで興奮する変人だった。さくらはたちまちミワと親しくなる一方、ひそかにミワ名義の手紙を八海に出すなど真意がつかめない行動を取る。物語がどこに着地するのか、まったく先が読めない異色のサスペンスとなっている。