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「香港秘密行動」書評 指導者を持たず変幻自在に抵抗

評者: 阿古智子 / 朝⽇新聞掲載:2022年08月27日
香港秘密行動 「勇武派」10人の証言 著者:楊 威利修 出版社:草思社 ジャンル:政治・行政

ISBN: 9784794225856
発売⽇: 2022/06/29
サイズ: 20cm/286p

「香港秘密行動」 [著]楊威利修

 香港の民主化運動で警察による弾圧に武力で対抗した勇武派と呼ばれる若者たちがいる。楊威利修(ヤンウェンリー・シュウ)(ペンネーム)は母語である香港語(香港独自の言葉や表現を持つ広東語)を駆使し、時に反論もしながら、彼らの本音を聞き出した。多くの勇武派が逃亡した台湾での刊行を、脅迫を受けて断念。邦訳が初の出版となった。
 私は2年前、日本の知識人から「香港の民主化運動は『造反有理』(反乱者にこそ正義がある)か」と問われた。過激化する勇武派を批判的に捉えたのだろうが、民主化運動全体をそう単純に否定的に見るべきではないと答えた。
 暴力は悪だが、暴力が生じるには背景がある。勇武派はどのように勢力を拡大したのか。本書に登場する勇武派によると、中核メンバーの大部分は2014年の雨傘運動前後に育成され、16年の旺角(モンコック)騒乱の後、その一部が集団で鍛錬するようになったという。
 日本の新左翼に似ているとも言われる勇武派だが、イデオロギー闘争はしない。明確な指導者を持たず、ブルース・リーの「水になれ」を合言葉に、変幻自在に中国政府の言いなりになる香港政府に抵抗を続けた。
 一部の勇武派は刃物や銃器を所有していたが、使うのを躊躇(ちゅうちょ)していた。2010年代の香港デモは、左翼が起こした1967年の香港暴動のように爆弾テロで多数の死傷者を出すことはなかった。だが、警察の暴力に怒った彼らは「イヌ」と呼ぶ警官を狙って拉致し、中国系資本の店を襲撃し、腐った卵とペンキで武器を製造するようになった。
 勇武派の中には複雑な家庭環境に苦しみ、セックスや薬物に溺れた者もいる。滞在中の台湾で彼らは孤独で、将来に不安を抱いている。その一人は、香港では「進んで役立たず」になろうとしたが、台湾では「否応(いやおう)なく役立たず」になってしまったという。痛みを伴いながらも記憶と現在に向き合おうとする彼らの闘いはなおも続いている。
    ◇
Yeung Willie Sau 香港生まれ。現在は香港を離れ、海外へ逃れた勇武派への支援を続ける。