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万城目学さん新刊「あの子とQ」インタビュー 未開の吸血鬼ワールド、マキメ節全開

『あの子とQ』を出した作家の万城目学さん

欲求に目覚めた女子高生の冒険物語

 現代社会で吸血鬼が生きるのはたいへんだ。万城目学さんの新刊『あの子とQ』(新潮社)を読むとそう思う。人間社会に溶けこんだ吸血鬼の女子高校生の日常に非日常な騒動が巻き起こり、マキメ節全開の青春ラブコメ・アクション・ストーリーが展開する。

 「もともと別の企画で女子高校生を主人公にした話をと言われたんですけど、40代半ばの僕に女子の気持ちなんかわからない。どうせわからないならと思いついたのが吸血鬼。人間社会にどうなじむかといった悩みなら書けると思った」

 主人公の弓子は吸血鬼一家に育った高校生。人より夜目が利くし、身体能力も少々高い。ふだんは親友ヨッちゃんと学校生活を楽しんでいるが、17歳の誕生日の直前、「Q」と名乗るトゲトゲの物体が突然、部屋に現れ、こう言うのだ。〈脱・吸血鬼の儀式が終わるまで、お前が人の血を吸わないか監視に来た〉

 吸血鬼については通り一遍の知識しかなかった万城目さん。コッポラ監督の「ドラキュラ」や吸血鬼青春映画「トワイライト」などを見て、吸血鬼の行動パターンを抽出、オリジナルの設定を作り上げた。

 「吸血鬼が不思議なのは本能の赴くままにカプカプ噛(か)んだら無限に増えて、人間がいなくなっちゃう。人と共存できるように進化した、血を吸わない吸血鬼がいてもいいんじゃないか」

 マキメ世界の吸血鬼は17歳の誕生日に儀式を終えると、人間に近づく。不死でなくなり、子孫も作れる。ただし、それまでに一度でも人間の血を吸うと、生涯「血の渇き」に悩まされる。吸血なんて興味なしと思っていた弓子は、Qの終日監視がうっとうしくて仕方ないのだが、ある事件をきっかけに強烈な血への欲求が芽生えてしまい……。

 物語は前半のたわいのないラブコメから、急転直下、予測不能な方向に転がっていく。江戸初期に長崎で生まれた日本人第1号の「原・吸血鬼」や、太陽をおそれ、吸血してこそ吸血鬼という原理主義の「宿命派」らの思惑が交錯し、Qの真の姿を知った弓子は思わぬ冒険に巻き込まれる。

 「脱・吸血鬼しても、不死であり続けても、それぞれ悩みがある。いろんな吸血鬼を書いていたら、想定の倍の分量になってしまった。出尽くしたと思われる吸血鬼ものですが、意外に未開の部分があるのかな」

 すでに続編の構想を温めている。

古今東西、多様な「他者」象徴

 多くの現代人に吸血鬼のイメージを植え付けたのがブラム・ストーカーの小説『吸血鬼ドラキュラ』(1897年)であるのは間違いない。貴族的な風貌(ふうぼう)でプライドが高く、昼は棺に眠り、夜は人の生き血を求めて犬歯をむき出すといったイメージは、1931年の映画「魔人ドラキュラ」をはじめとした映像作品でより強化された。

 ドラキュラ以前の多種多様な吸血鬼の姿を伝えるのが、今夏刊行された『吸血鬼ラスヴァン 英米古典吸血鬼小説傑作集』(夏来健次・平戸懐古編訳、東京創元社)だ。表題作は怪奇小説好きにはおなじみの「ディオダティ荘の怪談会」から生まれた一編。1816年、詩人バイロンが別荘に集まった面々に怪談を書こうともちかけた。後に生まれたのがシェリー『フランケンシュタイン』であり、バイロンの侍医ポリドリの書いたラスヴァンだった。

 18世紀ハンガリーの「生者から血を啜(すす)る屍体(したい)の怪」の事件記録に触発されて生まれた物語。平戸さんの解説によると、吸血鬼は当時の西欧で「我々」を害する「他者」を表象する流行語となり、時の権力者らによる「不正搾取」を糾弾する語として認知される。そんななか、ラスヴァンは人を食いものにする超越的な「他者」としての吸血鬼像を確立させたという。

 ほかにも米国の奴隷制批判小説であり、「感染」の要素を取り入れて後のゾンビ作品を先取りしたかのような「黒い吸血鬼」(1819年)など、本邦初訳を多く含む10編が並ぶ。

 2021年5月に亡くなった作家、須永朝彦に改めて光があたったことも吸血鬼への興味を後押しする。没後ほどなくして出た『須永朝彦小説選』(山尾悠子編、ちくま文庫)は〈耽美(たんび)小説の聖典〉とも称された吸血鬼掌編集『就眠儀式』(1974年)の数編を含む25編を収録。旧仮名遣いで書かれた須永の文体が幻想怪奇味をいや増す。

 日本の近現代文学における吸血鬼の姿を一望できるのが『吸血鬼文学名作選』(東雅夫編、創元推理文庫)だ。須永の没後に見つかった掌編「彼の最期」を直筆のまま掲載、「吸血鬼(バンパイア)ハンター“D”」の菊地秀行、江戸川乱歩や柴田錬三郎らの作品に加え、ラスヴァンの物語の佐藤春夫名義による翻訳などを収めた。「わかりあえない他者」「理不尽な感染の恐怖」といった現在直面する問題群を考えるうえでも、示唆に富んでいる。)(野波健祐)=朝日新聞2022年8月31日掲載