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新名智さん、デビュー2作目「あさとほ」インタビュー 散り失せても、響き合う物語

小林川ペイジ氏撮影

 主人公の大学生、夏日(なつひ)の卒業論文を指導していた教授が行方不明になった。平安時代の文学を専門とする彼の失踪には、幻の平安文学「あさとほ」が関わっているかもしれないという。名は残るものの、長く散逸して内容のわからないままだった「あさとほ」。そんな折、夏日の前に幼なじみの明人(あきと)が現れる。夏日は幼い頃、双子の妹、青葉(あおば)が目の前で消えるという体験をしていた。青葉の存在は誰の記憶にも残っていない。夏日と明人を除いては。

 新名さんは、大学から大学院の修士課程を修了するまで平安文学を専攻し、「虫めづる姫君」などで知られる短編集「堤(つつみ)中納言物語」の研究に打ち込んでいた。「少しメタフィクションのようでもあり、古典文学らしくない、ひねくれた話が入っている。そういう短編が集まった物語は『堤中納言物語』以外、ほぼ伝わっていない。ただ、当時は他にもそうした話があったとわかっている。あまりにも変な話で、忘れられたものもあったのではないかと思います」

 昨年、ミステリーとホラーを融合させた『虚魚(そらざかな)』で横溝正史ミステリ&ホラー大賞を受賞してデビューした。賞の名前が示す通り、ミステリーと怪談の美しい融合が高く評価されたが、自身は「ミステリーにホラーを乗っけることが、そんなに変なことだという意識はなくて。構造はミステリーで、その中で扱われるものがホラーという感覚です」

 「僕にとって、ホラーの魅力は、世界の常識がひっくり返される、脅かされる体験ができるところにある。だから、あまり怖くなくてもいい。最後はお化けをやっつけてめでたし、でもいいと思う」

 物語とは、たとえ散逸したからといって、その影響が後世に及ばないものではない。オマージュや引用といった形で物語は別の物語と響き合っていく。

 「今でさえ新刊はどんどん埋もれていく。この『あさとほ』も10年後、100年後は残っていないかもしれない。でも、もしこれを読んだ人が、自分なりの『あさとほ』を書くぞと思ってくれたら。それもまた文学の面白さの一つだと思います」(興野優平)=朝日新聞2022年9月7日掲載