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「傷ついた人が見せる残酷さを描きたかった」 新世代ホラーの旗手・芦花公園さん「とらすの子」インタビュー

芦花公園さんが大好きなキャラクター「ちいかわ」と芦花公園さんの作品=本人提供

依頼は「怖いものを書いてください」

――芦花さんの新作『とらすの子』がホラーファンの間で話題です。デビュー作『ほねがらみ』から通算4作目、ミステリやホラーの老舗版元・東京創元社からは初めて刊行された作品ですが、執筆にあたってどんなことを意識されましたか。

 編集者さんからはただ「怖いものを書いてください」とだけ言われていました。本格ミステリを書こうとかは一切考えなくていいので(笑)、真剣に怖いものを書いてくれと。それもあって完全に〝悪いもの〟が出てくる話になっています。これまでは多面的なものの見方を大事にしていて、この人はいい部分もあれば悪い部分もある、という描き方を心がけてきたんですが、『とらすの子』には純粋によくないものが出てきます。それと東京創元社さんのカラーを意識して、海外ホラーに近いテイストを盛り込むようにしました。

――主人公のライター・坂本美羽は、都内で相次いでいる無差別殺人事件の真相を知っているという女子中学生・ミライと接触します。ミライの口から語られたのは、傷ついた人たちが集う「とらすの会」というグループの存在。しかも秘密を明かした直後、ミライは美羽の目前で凄惨な死を遂げてしまう。このシーンが衝撃的でした。

 ええ、爆発しますからね(笑)。普通に突然死するよりも、こういう殺され方をした方が面白いんじゃないかと。こういう演出はホラー映画の影響が大きいと思います。映画がすごく好きなので、ビジュアル的にインパクトのある表現を入れたくなるんですよ。スプラッターがそれほど好きなわけではないので、残酷描写はほどほどで抑えてはいますけど。

――他人とのコミュニケーションが苦手な美羽は、小説家や編集者を目指すも挫折。出版詐欺でなけなしの貯金を失い、現在はオカルト系のライターとして生計を立てています。編集部ではセクハラ・パワハラの被害に遭い、付き合っていた男性には去られ……という彼女の不遇な半生は、読んでいて胸がえぐられるようです。

 今回、美羽のキャラクター造型にはかなり力を入れました。多少誇張した描き方をしていますが、こういう劣等感や嫉妬心は多くの人が隠し持っているものだと思うんですね。たとえばネットの小説投稿サイトには、人気作品に否定的なコメントを書くことが存在証明、みたいな人がいるんですよ。そういう人が公開している日記を読んでみると、売れている作家への憧れと嫉妬が渦巻いていて、何ともいえない気持ちになります。美羽はそういう創作界隈によくいる人たちがモデルですね。ある意味、共感しやすいキャラクターだとも思うので、読んでいやな気持ちになってくれたら嬉しいです。

芦花公園さんの好きな本たち(本人提供)

イメージしたのは病院の待合室

――とらすの会に集う人々が「マレ様」と呼ばれる中心人物の力を借り、怨みを晴らしていたというのが無差別連続殺人事件の真相でした。事件について調べていた美羽も、会に漂う優しい空気に絡め取られていきます。

 イメージしたのは病院の待合室なんです。同病相憐れむじゃないですが、病気で苦しんでいる人たちって、自分がどれだけ苦しいかを語るじゃないですか。とらすの会はそういう互助会的な空間として描いていますね。よく人は傷ついたから優しくなれるといいますが、人生がうまくいっていない時ほど、攻撃的になるような気もします。傷ついている人の集団は優しいようで、実はそれほど優しくない。そういう怖さを描きたかったというのはありますね。

――もう一方の主人公が、都内の中学校に通う川島希彦(まれひこ)。裕福な家庭に育ち、並外れた美しさをもった彼はクラスでも浮いた存在です。芦花公園さんの作品には美形キャラがよく出てきますね。

 好きなんですよ、男女問わず顔のいいキャラクターが。今年は取り憑かれたように美形キャラばかり書いていて、自分でもまずいんじゃないかと思っているところです(笑)。ただ一口に美形といっても、前作の『漆黒の慕情』の敏彦と希彦とでは悩みも立ち位置も異なります。美形は美形でも全員違うキャラクターとして書きたいと思っているので、そこは気をつけているところです。

――途中、資料として日記が引用されていますね。ある人物の出生の秘密、いくつもの奇妙な出来事、そして平和だったはずの一家を見舞った悲劇。淡々とした筆致が“彼”の不気味さを際立たせています。

 ここの日記パートは『オーメン』などの海外ホラーを意識してみました。その人物は内面を持たないキャラクターなので、一人称で彼の生活を描くのは難しいんです。それをしてしまうと不気味な存在感が薄れてしまう。それで第三者の視点から、キャラクターを浮き彫りにするという手法を取っています。

悪魔も描き方によっては怖くなるはず

――事件の謎を追っていた警察官の白石瞳は、希彦の父の日記を読み、とらすの会の背後にある秘密を知って愕然とします。この小説では日本的風土からはあえてかけ離れたものを、メインモチーフにされていますよね。

 日本語だと思っていたら実は外国語だった、というネタが結構好きなんですよ。前から言っていますが、わたしは悪魔を扱ったホラーをいつか書きたいと思っていて、『とらすの子』はそのための下準備みたいなところもあります。

――キリスト教的価値観が浸透していない日本では、『エクソシスト』のような悪魔ホラーは成立しにくいでしょうね。

 よく「悪魔が出てきたら怖くなくなる」という人がいるんですが、そんなことはないと思います。韓国映画の『哭声/コクソン』のように見せ方を工夫すれば、アジア圏でも『エクソシスト』的なホラーは成立するはずなんです。

――芦花公園さんはデビュー作『ほねがらみ』以来、一貫して“人間には太刀打ちできない邪悪な存在”や“触れてはいけない禁忌”を取り上げていますよね。そこは芦花ホラーの大きな特色のように思います。

 それはわたしがクリスチャンだからかもしれないですね。神や悪魔といった人知を超えた大きな存在が怖いんです。日本の幽霊って、こちらが悪いことをしたから祟ってくる、というレスポンスの場合が多いじゃないですか。聖書の悪魔はもっと意味が分からないんですよね。何の理由もなく人間に近づいて、悪いことをして去っていく存在(笑)。しかも人間と思考が近いので、こちらが喜びそうなことも分かっているし、嫌がらせもクリティカルなんです。まったくわけが分からなくて、怖ろしい。

 三津田信三先生や朱雀門出先生のホラー小説が好きなのも、襲ってくる怪異に理由がないからなんです。理由もないのに主人公がひどい目に遭うホラーは、読むのも書くのも好きですね。

『とらすの子』(東京創元社)

ホラー映画のようにラストで衝撃を与えたい

――今回は二転三転する真相にも驚かされました。ミステリとしても読み応えがありますね。

 そこはごく自然に書いています。最近になって気づいたことがあって、わたしはこれまでミステリを全然読んでいないと思っていたんですよ。ところが真梨幸子先生の『祝言島』という大好きな小説が、“驚愕のミステリ”みたいに紹介されていて、自分が読んでいたのはミステリだったのかな、と思い至ったんです。

 これまでは“怖い話”“いやな話”としか思っていなくてミステリ的な読み方は一切していなかったんですね。考えてみれば三津田信三先生もミステリをたくさん書かれていますが、恥ずかしいことに「今回はお化けが出てこなかったな」くらいにしか思っていなかった……(笑)。だからミステリを学んだとはとても言えないんですが、意外に読んでいたんだなと気づきました。

――最終ページでも驚きの展開があって、読者は絶望の淵にたたき落とされます。前作『漆黒の慕情』の幕切れもショッキングでしたが、今回も負けず劣らずいやなオチですね。

 これは完全に映画病だと思うんです。ホラー映画って最後の最後にドーンと怖いシーンがくることが多いじゃないですか。それに影響を受けすぎてしまって、そういう結末じゃないと駄目だと思い込んでいるところがあるんですよ。同じことを続けるのも芸がないので、また違ったパターンの終わり方を考えないといけませんね。

――そのラストのダメ押しによって、作品全体に漂う恐怖と絶望感がより際立っています。

 角川ホラー文庫で書いているシリーズ(『異端の祝祭』『漆黒の慕情』)は、人間でも頑張ればなんとかできる世界を扱っているんです。今回はそういうレベルの話ではないので、死屍累々の悲惨なことになってしまいましたね。わたしはキャラクターを使い回して、他の作品によく登場させているんですが、今回はほとんど生き残っていません(笑)。

おぞましさと美しさが共存する世界

――心底おぞましい話なのに、どこか異様な美しさがある。そこも本作の魅力だと思います。たとえば血肉が飛び散るようなシーンでも、庭の薔薇の花が対比的に描かれていました。

 今回はゴシックホラーとフォークホラー(民間信仰などを扱ったホラー)を組み合わせた作品にしたいと思っていました。ゴシックといっても手の届かない感じではなく、異常に美しいものが現代の東京に隠れているというのが面白いかなと。花についてはまったく意識していませんでしたが、いわれてみるとそのとおりですね。花を見ているとエモい気持ちになるので、好んで作品に登場させている気がします。

――芦花公園さんはよく「自分が書きたいのはいやな話だ」と発言されていますよね。

 最近分かってしまったんですけど、自分が書きたいのは怖い話ではなく、いやな話だったんですね。そういう要素が比較的多く含まれるのでホラーを書いていますが、ジャンルはあまり重要じゃないのかもしれません。ひょっとすると今後、スーパーナチュラルな要素のない作品を書くかもしれません。でもどんなジャンルを手がけるにせよ、「いやな話」の要素は絶対入ってくるだろうなと思います。普通のお仕事小説みたいなものは、絶対書けないでしょうね。

――どんなにいやな話であっても、ドライブ感のあるエンターテインメントに仕上げてしまうのが芦花公園さんの強みだと思います。『とらすの子』も多くの若い読者に支持されているようですし。

 そうなんです。読む人を選ぶ作品だろうと思っていたら好評で、皆さん意外といやな話が好きなんだなと(笑)。隠れていた同好の士に出会えたような嬉しい気分を味わっています。