新人も巨匠も百花繚乱、令和のホラーブームは続く 2025年ホラーワールド回顧
2023年刊行の背筋『近畿地方のある場所について』(KADOKAWA)あたりを起点とする令和のホラーブームは、2025年になっても続いた。ホラー小説の刊行点数は増加傾向を見せており、私がカウントしただけでも150冊以上の新刊が出ている。文庫化や旧作の復刊を含めると、200タイトル前後になるだろう。つまり2日に1冊読んでも読み切れないほど、ホラーに類する本がリリースされているというわけだ。
そのなかで大きなウエイトを占めているのが、近年人気のモキュメンタリーホラーである。ドキュメンタリーを模したフィクションであるモキュメンタリーの形式は、『変な家』(飛鳥新社)の雨穴や『近畿地方のある場所について』の背筋のブレイクによって一般にも知られるようになり、彼らの活躍に刺激を受けた書き手が、新たなモキュメンタリーホラーを生み出すにいたっている。今年は特にその数が多く、実に30冊近いモキュメンタリーホラーが刊行された。
ネットの書き込みや雑誌の記事、手記や証拠写真などを羅列するモキュメンタリーの手法自体に、すでに目新しさはないといっていい。モキュメンタリーという器に、めいめいどんな料理を盛りつけるかが問われる段階に入っているのだ。たとえば岡崎隼人『書店怪談』(講談社)は、全国の書店員から著者のもとに寄せられた怪談が、ある悲劇の存在を示唆するというモキュメンタリーホラー。設定と手法が有機的に絡んでおり、本好きなら胸を打たれずにはいられないストーリーを紡いでみせる。真島文吉『右園死児報告 久』(KADOKAWA)はモキュメンタリーの皮をかぶった伝奇SFの続編。いかがわしくも魅力的な言語感覚が今回も炸裂して、壮大なストーリーが脳内で広がる。これらはモキュメンタリーのさらなる可能性を感じさせてくれる試みだ。
他にも学術調査のスタイルを借りた土俗系モキュメンタリーの斉砂波人『墜ちた儀式の記録』(KADOKAWA)、悲劇のロシア人作家の呪いによって主人公=著者が怖ろしい運命に見舞われる彩藤アザミの異色作『読むと死ぬ本』(講談社)、ある一軒家を中心とした呪いの連鎖を力強く描ききった藍上央理『完璧な家族の作り方』(角川ホラー文庫)などが特に印象的だった。
その一方、フィクションならではの面白さを追求したホラー小説も豊作だった。こちらも刊行点数が多く、すべてに言及することはできないので、新鋭と中堅・ベテランに分けて代表的なものを取り上げていこう。まず令和デビューの新鋭組から。上條一輝『ポルターガイストの囚人』(東京創元社)は、デビュー作『深淵のテレパス』(同)が話題を呼んだ著者の第2作。心霊現象を中立的な立場で調査するYouTubeチャンネル・あしや超常現象調査の面々が、古い一軒家でのポルターガイスト現象に挑む。幽霊はいるのかいないのか、という問題に徹底してこだわりながら、スリリングな展開で読者を翻弄する良作だ。
大正期の大阪・船場を舞台にした『をんごく』(KADOKAWA)が高く評価された北沢陶も、第2長編『骨を食む真珠』(同)を発表している。大正14年、女性記者の苑子は製薬会社社長宅に潜入取材を試みる。徐々に明らかになる一家の秘密は、幻想的にしてグロテスク。繊細濃密な描写と、中盤であっと驚くストーリーテリングに酔う。
令和ホラーブームを担う芦花公園は『みにくいふたり』(実業之日本社)など3冊を発表した。『みにくいふたり』は日本から台湾に留学し、孤独を感じていた高校生・緑川芽衣が、おぞましい怪物に魅入られていくという百合小説×モンスターホラー。気持ち悪いのに読むのがやめられない、不思議な魅力に満ちた長編だ。
『身から出た闇』(角川ホラー文庫)はデビュー作『火喰鳥を、喰う』(同)が昨年映画化された原浩による初の短編集。サスペンス満点のSNSホラーの「トゥルージー」を筆頭に、物語性豊かなホラーが並ぶ。収録作の前後にはこの本が刊行されるにいたった経緯(担当編集者に異変が起こったという)が記されており、モキュメンタリーとしても楽しめる大満足の一冊。
映画化といえば、2025年は邦画のホラー映画も豊作の1年で、『見える子ちゃん』や『ドールハウス』、『近畿地方のある場所について』などが相次いで封切られ、それぞれヒットを記録している。映画公開にあわせて刊行された背筋の『文庫版 近畿地方のある場所について』(角川文庫)は、単行本版とは異なる主人公の視点から、近畿地方に存在する心霊スポットの秘密が明かされていく。モキュメンタリーの構造はそのままでも、物語の印象はがらりと変わっているので、単行本で読んだ人もぜひチェックしてほしい。
ホラーの登竜門として知られる横溝正史ミステリ&ホラー大賞からは、2人の新人がデビューを果たした。綿原芹『うたかたの娘』(KADOKAWA)は同賞の第45回大賞受賞作。人魚伝説にルッキズムのテーマを絡めた連作で、人魚の血を飲んで美しくなることは祝福か呪いかという問いを、幻想的な展開とともに投げかける。読者賞を受賞した雨宮酔『夢詣』(角川ホラー文庫)は、死をもたらす夢の伝染を扱った長編。忘れがたい凶夢の情景と、クトゥルー神話を思わせるスケールの大きさで楽しませてくれた。
ベテラン勢ではなんといっても、巨匠・鈴木光司の16年ぶりの長編『ユビキタス』(KADOKAWA)の刊行がビッグニュース。東京近郊で相次ぐ変死事件、果たしてその背後にあるものとは……という著者の代表作『リング』をあえて再現したような興味津々の冒頭から、物語はどんどんギアを上げ、進化や宇宙の謎に迫るSFホラーへと変貌していく。丹念な取材と思索に支えられた虚構世界は、他の追随を許さない。シリーズ化が決まっているようで、今後の展開が楽しみだ。
恩田陸『珈琲怪談』(幻冬舎)は中年男性たちが日本各地の喫茶店を訪れ、コーヒー(ときにアルコールも)を飲みながら、怪談話に興じるという連作集。すべて具体的なモデルが存在するという昔ながらの喫茶店の雰囲気と、実話怪談の相性は抜群。かれらが大興じる非日常的な遊戯が、忙しい毎日をつかの間忘れさせてくれる。
京極夏彦『猿』(KADOKAWA)は、亡き曾祖母がひとりで暮らしていた山奥の限界集落に、主人公の祐美が遺産管理のために足を運ぶという長編。高齢者たちが自給自足生活を送るその村には、何か大きな秘密がありそうで……。私たちが村に怪しいイメージを抱くのはなぜか。そもそも私たちは何を怖いと感じるのか。いわゆる因習村ホラーを批評的に扱いながら、ホラーの根源的問題に迫っていく。安易なジャンル分けを拒む野心作だが、私はこれを京極なりのホラーへの接近と受け取った。
その他にも、宮部みゆきの『猫の刻参り 三島屋変調百物語拾之続』(新潮社)、小野不由美の『営繕かるかや怪異譚 その肆』(KADOKAWA)、三津田信三の『寿ぐ嫁首 怪民研に於ける記録と推理』(同)など、このジャンルを長年支えてきた手練れの人気シリーズ最新刊が出ている。どれも期待にたがわぬ怖さと面白さだった。
デビュー10年前後の中堅作家では、2024年に引き続き矢樹純が存在感を示した。『或る集落の●』(講談社)は、青森県のPという集落にまつわる怪異譚を、連作形式で描いたもの。土俗信仰を扱った「べらの社」など、7編の収録作は怪奇短編としてそれぞれ高い完成度を誇る。『世界でいちばん透きとおった物語』でブレイクした杉井光の『羊殺しの巫女たち』(KADOKAWA)は、山間の村で未年ごとに執り行われる祭りに参加した少女たちが、12年後に再び集合し、祭りを終わらせようと試みるというホラーミステリー。スティーヴン・キングの名作『IT』(文春文庫)を思い起こさせる魅力的な設定のもと、おひつじ様なる神を祀る村の秘密が明かされていく。
NHK朝ドラ『ばけばけ』の人気で小泉八雲ブームに湧いた2025年は、八雲関連本が多数刊行された。雪富千晶紀『新釈小泉八雲 怪談』(東京創元社)は、八雲の名作『怪談』を現代風にアレンジし、新たな怖さを汲み出した作品集。古典怪談の翻案では、上田秋成の『雨月物語』をSF的視点で再生させた青柳碧人『オール電化・雨月物語』(PHP研究所)というユニークな試みもある。
ブームを受けてホラー小説のアンソロジーも多数刊行されたが、一番びっくりしたのは會津信吾編『バビロンの吸血鬼 戦前日本モダンホラー傑作選』(創元推理文庫)。高垣眸の表題作など、今日まで埋もれていた戦前のホラー小説を発掘した労作である。昭和初期のホラーシーンの活況が、本の向こうに浮かんで見える。
海外作品は数こそ少なかったものの、重要なタイトルが翻訳紹介されたという印象。たとえば『冬の子 ジャック・ケッチャム短篇傑作選』(金子浩訳、扶桑社ミステリー)は、ホラーの鬼才・ケッチャムの日本オリジナル短編集。彼の名を聞いてファンが思い浮かべる残酷小説のみならず、不条理味の強い幻想ホラーや感涙の猫小説まで含んでおり、新鮮な驚きに打たれた。私たちはケッチャムのことをまだよく知らなかったようだ。
真っ赤なカバーが印象的な『悪夢工場』(若島正編訳、河出書房新社)は、アメリカの現代ホラー作家トマス・リゴッティの短編集。「現代のラヴクラフト」と呼ばれるリゴッティの作品が本格的に紹介されるのは、本書が初となる。カーニバルの儀式を学者の視点から描く「道化師の最後の祭り」、廃墟化した工場における奇妙な出来事を綴った「赤塔」など、異世界の気配と悪夢のようなイマジネーションに満ちた全9編。渋い作風ながら、怪奇幻想文学ファンを魅了せずにはおかない。
カミラ・グルドーヴァ『人形のアルファベット』(上田麻由子訳、河出書房新社)はカナダ出身、イギリス在住の現代作家による短編集。女性たちが突如、自分の身体をほどき始める「ほどく」、古いミシンが幻影を映し出す「アガタの機械」など、ヨーロッパの人形アニメーション映画を思わせるような、シュールで不穏な幻想譚の数々。そこには抑圧された者たちの叫びが響きわたる。
近年紹介が進んでいるのがスペイン語圏のホラー。マリアーナ・エンリケス『秘儀』(宮崎真紀訳、新潮文庫)は日本でもファンが急増中の“アルゼンチンのホラー・プリンセス”による大長編。闇の力を司る一族の数奇な運命を、1960年代から90年代にかけてのアルゼンチンの歴史・社会を背景に描いた文学的モダンホラー。グローバル時代の悪と恐怖を、ホラーでなければ書き得ない形で描ききっており、必読である。
アジア圏では韓国の作家チョン・ボラ『呪いのウサギ』(関谷敦子訳、竹書房文庫)に注目。呪いのこもったウサギ型のランプが、大企業経営者一族を破滅させる表題作。抜け毛や排泄物などから生まれた生物が、トイレの中からお母さんと呼びかけてくる「頭」。性行為なしで妊娠した女性が、赤ん坊の父親探しに奔走する「月のもの」など、奇想天外なアイデアで現代人の罪と罰を描く。
『どこかで叫びが ニュー・ブラック・ホラー作品集』(ハーン小路恭子監訳、フィルムアート社)も重要な一冊。これまであまり訳されてこなかった黒人作家によるホラーを集めたコレクションで、『ゲット・アウト』などで知られる映画監督ジョーダン・ピールが編者を務めている。ブラックカルチャーを背景にした想像力と、人種差別の過酷な歴史が、すべての作品に刻印されている。
古典系ではハードボイルドなオカルト探偵サンストーンの冒険を描いたマンリー・ウェイド・ウェルマンの作品集『ジョン・サンストーンの事件簿』(渡辺健一郎他訳、アトリエサード)が好企画。収録作は主に1940年代に発表されたものだが、奇怪な事件の顛末がテンポよく語られ、現代のホラーファンも満足させてくれる。
紀田順一郎・荒俣宏監修『新編幻想と怪奇6 奇蹟』(新紀元社)は、1970年代に刊行された名アンソロジー『幻想と怪奇』の令和版。この巻をもって堂々の完結である。昨年世を去った斯界の大先達・紀田順一郎氏の記憶とともに、新たな定番として読み継いでいきたい。