製本段階で発禁処分を受け、20数点しか現存が確認されていない永井荷風の『ふらんす物語』初版本5点が、さいたま文学館(埼玉県桶川市)で公開されている。5点が同時に公開されるのは初めて。荷風が書き込みをしているものや、谷崎潤一郎と親しかった酒造会社社長が持っていたものなどを見比べることができる。特別展「永井荷風」は11月27日まで。
『ふらんす物語』は1907年から08年にかけてのフランス滞在を題材にした作品集で、09年に風俗を乱すとして発売前に発禁処分を受けた。荷風自身は雑誌に発表していなかった小説「放蕩」と「脚本 異郷の恋」が原因だと推測していたが、理由ははっきりしていない。製本段階で印刷所から押収されたため、表紙は残っていない。15年には削除や修正を加えた『新編 ふらんす物語』が博文館から発売された。
展覧会や図録などでも3冊以上並ぶことがなかった稀覯本が5点そろい、図録にはさらに3点を加え計8点を掲載することができたのは、近代文学研究者で初版本コレクターとして知られる川島幸希・秀明大学学長が監修者になったためだった。
展示されている5点のうちの一つは、さいたま文学館が所蔵するもの。半世紀以上かけて荷風本を収集した山田朝一・山田書店創業者(1908-2004)から譲られた1000点を超すコレクションに含まれ、革装され、題名などが箔押しされている。荷風の手元にあったものは、川島学長の蔵書。扉には荷風の直筆により「秘蔵」と筆で書かれ、献辞や序文、本文に修正が書き込まれている。
ほかの3点は研究者やコレクターといった個人が所蔵するもので、川島学長が培ってきた知識と人脈を生かし、貸し出しが可能になった。「個人の所蔵者は時代とともに変わっていく。手間がかかっても、個人が持っている貴重な資料を借り出すことで、オリジナルの資料の多様さと魅力を伝えたかった」
川島学長は自らの所蔵資料をもとに、夏目漱石や芥川龍之介、宮沢賢治などの展覧会を秀明大学の学生とともに開いてきた。大学での展示を除くと、監修者を引き受けたのは今回が初めて。「監修にあたって、複製・復刻資料は一切使わないという条件を認めてもらいました。荷風の網羅的な展示にはせず、ほとんど実物を見る機会がなかった個人蔵の資料を意識して集めたのが特徴です」
特別展では『ふらんす物語』と対となる『あめりか物語』の初版本や谷崎潤一郎との間で交わされた手紙なども展示されている。
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特別展「永井荷風」は11月27日まで。月曜(10月10、11月14日除く)と9月27、10月11、10月25、11月15日は休館。一般210円。高校・大学生100円。「文豪とアルケミスト」の書き下ろしイラスト「巴里ノ情景」の展示やグッズの限定販売、等身大パネルの展示などもある。11月20日には金子明雄・立教大教授による記念講演会がある。申し込み・問い合わせはさいたま文学館(048・789・1515)。