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「天安門ファイル」書評 「毅然とした態度」欠如した背景

評者: 保阪正康 / 朝⽇新聞掲載:2022年10月01日
天安門ファイル 極秘記録から読み解く日本外交の「失敗」 著者:城山 英巳 出版社:中央公論新社 ジャンル:外交・国際関係

ISBN: 9784120055492
発売⽇: 2022/07/07
サイズ: 20cm/390p

「天安門ファイル」 [著]城山英巳

 濃密な書である。天安門事件を多角的に分析し、歴史的な位置付けを試みている。特に日本外務省作成の「外交ファイル」の開示を請求して、膨大な資料を入手し、読みこなした。通信社中国特派員の経験も生かし、関係者に追加取材した。33年前のあの出来事の、背景が浮き彫りになった。
 視点は明確で、北京で事件を目撃し民主化にシンパシーを持つ日本大使館員への共鳴と、民主化デモを弾圧し国際社会で孤立する中国に救いの手を差し伸べた日本外交への不満である。
 ファイルからは、日本大使館の中国との接触の過程や、対中外交の歴史的葛藤があぶりだされている。
 著者によると、天安門事件では、戦後日本の対中外交で初めて「言うべきことは言う毅然(きぜん)とした態度」が求められた。それが欠如した背景には、当時の首相・宇野宗佑ら戦争体験を持つ世代の贖罪(しょくざい)意識があった。
 著者は、ファイルにある外務審議官・栗山尚一の書いた「我が国の対中姿勢について」を紹介する。「歴史の負い目によるものとの印象」を与えるような発言は慎み、「個人の生命の尊重」や「法の支配」を重視する国家権力の行使を行うべきだ、という論である。
 本書は、天安門事件に至る中国内部の民主化を求める動き、胡耀邦や趙紫陽らの失脚に至る権力闘争、銃火でデモ隊が弾圧される折の北京駐在の日本大使館員の様子などを描写する。戦車が天安門広場に入り、軍の発砲で死者が出たとする大使館員の目撃メモも紹介されている。読みどころは、米国と中国は実は裏では繫(つな)がっていたとの史実の紹介である。米国大使館には中国側から、住居の2階以上に上がるなという内密の情報が伝えられていたというのだ。むろん日本側には伝えられていない。
 著者は、この時の日本外交の失敗は今も続いているのではないかという。精緻(せいち)に調べるうちに著者がたどり着いた結論は、確かに説得力を持つと首肯できる。
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しろやま・ひでみ 1969年生まれ。北海道大教授(ジャーナリズム論)。著書に『中国共産党「天皇工作」秘録』など。