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「たとえば、葡萄」書評 普通じゃない人たちの普通の話

評者: 藤田香織 / 朝⽇新聞掲載:2022年10月01日
たとえば、葡萄 著者:大島 真寿美 出版社:小学館 ジャンル:日本の小説・文学

ISBN: 9784093866569
発売⽇: 2022/09/16
サイズ: 20cm/249p

「たとえば、葡萄」 [著]大島真寿美

 普通の話、である。
 こんなことになるとは、まったく予想もしていなかった二〇一九年末。唐突に〈今だ! 今しかない!〉と勤めていた大手化粧品会社を辞めた二十八歳の美月は、昔から知る母の友人・市子の家に転がりこんだ。
 年が明けたら今後の身の振り方をしっかり考えよう。二、三カ月もあれば、なんらかのこたえはみつかるはず。と、思っていた。
 なのに。二〇二〇年は〈みるみるうちにおかしくなっていってしまった〉。そう、未(いま)だ謎多き、コロナウィルスのせいで。
 三十代を目前にした美月は、市子をはじめとする「還暦カウントダウン」に入った母の友人たちと、ままならぬコロナ禍の日々をモヤモヤと晴れぬ気持ちで過ごしていく。ハローワークへ行っても仕事はない。そもそも自分がなにをしたいのかもわからない。会社を辞めたのは、いろいろなことに我慢して努力して頑張り続けて社内で生き残りたいと思うほど、化粧品を好きではなかったからだと自認しているが、ではなにになら熱心になれるのか――。
 考えもなく大手企業を辞めるなんて無謀だと「普通の人」はいうかもしれない。けれど、美月の周囲に集う人生の折り返しを過ぎた人々は、だれひとり世にいわれがちな「普通の会社」に勤めていないし「普通の暮(くら)し」もしていない。明日をも知れぬフリーランス稼業や、超低空飛行を続ける自営業者ばかりで、美月の両親も、一度離婚したのちに復縁し、現在は長野県で山村留学の子供たちを受け入れて暮らしている。
 にもかかわらず、美月が「葡萄」をきっかけに人生の目標を見つけて動き出すまでの物語は、いたって「普通の話」だと感じるのだ。
 知っている。だけど、ありがちだよね、とは流せない個人的な、普通の話。
 気取りのない、生きた言葉で綴(つづ)られる本書を読みながら「コロナが終わる頃」を思う。これぞ、読者に寄り添う物語だ。
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おおしま・ますみ 1962年生まれ。2019年『渦 妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん) 魂結び』で直木賞。