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「ひとかけらの木片が教えてくれること」 顕微鏡から文化交流を見とおす 朝日新聞書評から

評者: 藤野裕子 / 朝⽇新聞掲載:2022年10月08日
ひとかけらの木片が教えてくれること 木材×科学×歴史 著者:田鶴 寿弥子 出版社:淡交社 ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784473044990
発売⽇: 2022/08/01
サイズ: 19cm/231p

「ひとかけらの木片が教えてくれること」 [著]田鶴寿弥子

 口絵にまず見入ってしまう。薄い木片のプレパラート、それを顕微鏡で拡大した写真、大型放射光施設。木材の標本を採集・管理する材鑑調査室に籍を置く著者は、これらを駆使して、文化財に使われた木材の樹種や年代を特定し、人びとが木と関わってきた歴史を読み解く。本書にはその最先端の現場が、木片と向き合う著者の思いとともに綴(つづ)られている。
 分析は木片を薄く切り出し、プレパラートを作ることから始まる。薄さはなんと0・02ミリ。それを光学顕微鏡でのぞくと、道管と呼ばれる管や樹脂細胞などの組織が浮かびあがる。映し出された組織構造は、幾何学模様や織物のようなものなど、実にさまざまだ。そのパターンから樹種を特定する。薄片を作れない場合は、マイクロCTを用いることもある。
 樹種を特定できれば、過去を生きた人びとの生活・信仰・文化交流が見えてくる。古寺の木材の樹種を調べると、限られた木材を「適所適材」に使用している様子がわかる。出雲から欧米に流出したと思われる多くの神像が、共通してモクレン属であれば、何らかの意図で、同じ樹種か同一の樹木で神像を作ったと推測できる。西日本で発見された16世紀の木製古面の樹種が、朝鮮半島で古面に多く使われ、日本では使われないヤナギ属だとすると、その古面は朝鮮半島に由来する可能性が高い。日本と朝鮮半島の交流を知る手がかりとなる。著者のいうとおり、木片は昔の情報を詰め込んだ「タイムカプセル」なのだ。
 光学顕微鏡をとおしたミクロな分析から、海を越えた文化交流を導き出す。書物や文書を相手にする歴史研究者としては、そのスケールの多彩さに驚嘆する。一方で、著者が「木片が教えてくれる」という時、歴史研究者が文献史料から過去を知ろうとするのとは異なるニュアンスがあるように思えた。
 文献史学の場合、解釈には研究者の主観が入り込む。だからこそ、自らの現在の感覚・概念を過去に当てはめてしまっていないかと、史料を読みながら幾度も問い返す。しかし科学的な手法で木片と向き合う著者の場合、自らの主観を問う契機が少ないように感じられた。例えば、著者が木片から「日本人」「日本」の文化を見出(みいだ)す時、現在の概念を過去に投影してしまってはいないだろうか。
 そうした疑問を抱きつつも、木片の虜(とりこ)になり、大発見に鼻を膨らませる著者の語りに、すっかり魅了された。木材のようにやわらかであたたかな文体の本書を読んで、新たに研究を志す人が現れるだろう。
    ◇
たづる・すやこ 京都大生存圏研究所講師。同大大学院農学研究科修了。主な研究テーマは、木材解剖学(樹種識別ならびに新規識別手法の開発)、木質文化財における用材認識の解明など。