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「レッド・ルーレット」書評 巨富を得た起業家、行方不明に

評者: 阿古智子 / 朝⽇新聞掲載:2022年10月15日
レッド・ルーレット 私が陥った中国バブルの罠 中国の富・権力・腐敗・報復の内幕 著者:神月 謙一 出版社:草思社 ジャンル:社会・文化

ISBN: 9784794225993
発売⽇: 2022/08/31
サイズ: 20cm/317,10p

「レッド・ルーレット」 [著]デズモンド・シャム

 2012年、「人民の味方」というイメージが強い最高レベルの中国共産党幹部・温家宝の家族による巨額の蓄財が報じられ、各界に衝撃が走った。5年後、温一族と深い関係を持ち、疑惑の平安保険の株の取引にも関わったホイットニー・デュアン(段偉紅)が行方不明になった。本書の著者はその元夫でビジネスパートナーだったデズモンド・シャム(沈棟)だ。
 21年の原書出版時から反響を呼んでいたが、単なる暴露本ではない。デズモンドは自らの生い立ちから思想の変化、ホイットニーらとの関係を冷静に分析し、時代の波に翻弄(ほんろう)される中国の社会と人々を描いている。小説のような展開だが、これはリアルなのだと息を呑(の)みながら読んだ。
 デズモンドとホイットニーは北京の一等地にホテルやビジネスセンターを、首都国際空港に世界最大級の物流ハブを作った。その過程で権力中枢の共産党幹部やその家族と親しくなり、一時は純資産が数十億ドルにまで膨れた。
 鍵になる人物「張おばさん」(温家宝の妻)やその関係者とホイットニーは「関係(グワンシ)」をどう構築したのか。その細部が私のような中国研究者にも参考になる。張おばさんは当時首相の温家宝に自らの金の流れや人脈を伝えなかったという。温家宝は翡翠(ひすい)のブレスレットや巨大なダイヤモンドを前に、地質学者の目から鉱物として誉(ほ)めたとか!
 張おばさんとの取引は全て書面での契約を介さず、信用に基づいて行われた。結婚の披露宴にも母親のような立ち位置で参加した張おばさんに、ホイットニーはのめり込んでいく。
 共産党が起業家に脅威を感じ始めたのは、世界金融危機のあった胡錦濤2期目という筆者の判断が興味深い。党が国有企業を支配しているからこそ世界的な景気後退と戦えるという認識が、習近平に引き継がれたということか。
 ちなみに、ホイットニーはまだ見つかっていない。
    ◇
Desmond Shum 1968年、上海生まれ。北京中心部の再開発などの事業で成功。現在はイギリス在住。