他では味わえない小説だからこその深さ
――『君のクイズ』は競技クイズを題材にした物語です。主人公の対戦相手は問題が一文字も読まれないうちにボタンを押して正解し、優勝します。なぜ正答できたのか、主人公が解明に乗り出します。道尾さん、いかがでしたか。
道尾 冒頭の謎の魅力にすさまじいものがありますよね。答えの見当がつかない。主人公が答えを探す行動の一つひとつを読者が体験しているように感じられる。加えて最後には「そうだったのか」と膝(ひざ)を打たせる、きれいな結末が書かれていて。
小川 クイズを題材にするにあたり、クイズプレーヤーの夢とは何かと考えたとき、「ゼロ文字押しで正答」だと思ったんです。ある題材を扱う時、読者にとって、作中の登場人物たちにとって、一番興味深いものって何だろうと考えるのですが、今回は「ゼロ文字押し」が最初にあって。僕も主人公と一緒に考えながら書き進めて、中盤ぐらいで解決策が見えてきた。
道尾 クイズに対する感覚表現も面白い。「これまで僕が出会ってきたクイズと、これから僕が出会うはずのクイズが、僕の体のまわりに漂っていた」。この描写、物語の魅力にとりつかれた時と似ているなという気がして。自分が物語に囲まれているって感覚に似ていました。
小川 一流のクイズプレーヤーの心理を僕はわからない。でも小説を書くときに得られる感覚や、道尾さんがおっしゃった物語が漂っている感覚を、競技クイズというフォーマットに落とし込めるんじゃないかなという思いがあったんです。
道尾 何かのプロフェッショナルじゃなくても、誰もがわかる感覚ですね。
正解の「ピンポーン」読者自身が響かせて
――道尾さんの『いけない2』は、各章の物語の最終ページに置かれた写真を見ることで、それまでの物語の「隠れた真相」が浮かび上がる短編集の第2弾。帯には“体験型ミステリー”とあります。小川さん、いかがでしたか。
小川 このシリーズが特殊なのは、謎解きのタイミングが各章の物語が終わった後に来る構造ですね。普通は作品を読んでいる間に謎が解かれるのに、作品を読み終わった後に謎解きのポイントがある。最後の1行で今まで読んできたものがひっくり返るミステリーがありますが、最後の1行ですらなくて。
道尾 小説って全ページに文章がびっしり書かれてる。でも実は書かれていないことの方が圧倒的に多い。「いけない」シリーズでは、文章外の場所で、そのメリットを生かしたかった。読者の声を聞いているとまさにそこを面白がってくれる人がいて。翌日になって突然意味がわかる人もいるそうです。
小川 文章内で物語は解決しているから、それだけを味わってもいいし、写真を見た後に深く考察もできる。読んだ人同士で話し合ってもいいし、いろんな楽しみ方がありますね。
道尾 クイズと同じでミステリーにも正解がある。ただ正解を作者が教えてばかりだと新味がない。ミステリー好きの読者は答えを予想しながら解決場面に挑む。作者が鳴らすクイズの正答時のような「ピンポーン」の音を聞ける人もいる。でも僕は、読者が考えに考えた末、「ピンポーン」という音を自分自身で鳴り響かせる瞬間の感動を味わってもらいたかった。
小川 『いけない2』は、自分で考えないと答えは見つからない。写真の中に誰でもわかるような違和感があって、そこを手がかりに読み直すと、文章内で起こったことが、それまでの読み筋と全く違った様相を表してくる。楽しい体験ですよね。
――「体験」という言葉が出ましたが、謎解き体験でいえば、若い世代を中心に「リアル脱出ゲーム」などのイベントや「マーダーミステリー」といったボードゲームが人気です。お二人もお好きだそうですね。
道尾 最初の『いけない』は、こんな小説があったらいいな、でも売ってないから自分で作ろうという気持ちで書いたんです。すごく売れたので、体験というものが求められているんだなという実感がありました。リアル脱出ゲームは、謎解きのアハ体験(「わかった!」と思う瞬間)を手っ取り早く得られるから、はやるのはわかる。わかるからこそ、楽しむために時間と労力を必要とする小説で、切り込みたかった。
小川 小説は他の娯楽や芸術と比べて圧倒的に読者に能動性を求める。その分、読者と作家は他のメディアではできないぐらいの深い関係性を結ぶことができる。ハードルは高いけど、一度入ってきてもらえたら他で実現できない体験が可能だと思います。マーダーミステリーは一緒に一つの謎解きを体験するのが楽しい。ただ読書は1人でするからこその深さがあって、僕はそこで戦っていきたい。
道尾 リアル脱出ゲームは確かに面白い。でも小説もまだまだ面白いことができるということですね。(構成・野波健祐)=朝日新聞2022年10月29日掲載