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「本の幽霊」電子書籍から紙の本へ、独立した出版流通の物語

 5年前に電子書籍で世に出た短い物語が、新たに書き下ろし5編を加えた紙の短編集『本の幽霊』として生まれ変わった。著者は、作家で翻訳家、編集者の西崎憲さん。

 短編「ふゆのほん」は、主人公が奇妙な読書会に参加するところから始まる。10人の参加者は街を歩きながら、ある不思議な小説を配役に従って朗読していく。劇中劇を思わせる入れ子構造の、幻想的な物語だ。

 2017年の初出は自身が主宰する電子書籍レーベル「惑星と口笛ブックス」から。「コーヒーを飲む金額と時間で文学を味わう」というコンセプトの短編シリーズ「シングルカット」の第1弾として刊行した。

 古書店や図書館、京都に実在する個人経営の本屋。今回の書き下ろしでも本にまつわる小さな場所が多く描かれたことは、個人レーベルの電子書籍が小規模出版社の目にとまって紙の本となった経緯を思い出させる。「発行部数などの数値では測れないインディー(独立)的な流通はあり得ると思うし、その割合を増やしていきたい」と西崎さんは話す。

 「ふゆのほん」で描いたような演劇的な読書体験を通して「小説世界と現実世界を結びつける」構想も温める。文学を愛する少数の個人のニーズからこそ、面白い何かが生まれると信じている。(田中ゑれ奈)=朝日新聞2022年11月5日掲載