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ある晴れた日に 柴崎友香

 九月下旬の午後、仕事で横浜に向かった。家を出るのが遅くなった上、タイミング悪く最寄り駅を通る路線が遅延。スマホで乗り継ぎを検索すると、予定の時間にかなり遅れてしまう。さらに調べると、新宿に出て特急列車に乗ればぎりぎりに到着できるコースが表示された。

 新宿駅で切符を買い、ホームへ向かうがすごく遠い。不安になりつつ急ぐと、出発には間に合った。車両は広くてぴかぴか、シートはゆったり配置され、天窓から青空が見える。伊豆特急の最新型「サフィール踊り子号」、しかもそこしか空いていなかった席はプレミアムグリーン車という特等席だったのだ。

 台風が次々やってきて悪天候が続いたあとの、台風一過で噓(うそ)のように澄み渡った青空の午後。このまま豪華列車のふわふわシートで秋晴れの景色を眺めながら熱海や伊豆まで乗って行けたらどんなにいい旅になるだろう。しかも、カフェテリアまである。えー、そんなんめっちゃ行きたいやん! と思うが、横浜までの三十分では無理そうである。そもそも遅刻するかまだ危ういところで、横浜駅での乗り換えも綱渡りだ。

 あきらめて、私には少々大きすぎるほどのリクライニングシートに身を預け、大きな窓の外に広がる雲一つない空と住宅街の風景を眺めていた。途中、多摩川を渡るときは少しだけ観光気分を味わえた。

 あっという間に横浜駅に到着、後ろ髪を引かれながら列車を降りた。ところが自動改札で引っかかってしまった。駅員さんに切符を出すと、「他に切符はありませんか」。「それだけです」と答えた。次に私鉄の改札でICカードをかざすと通れない。あっ、慌ててたから新宿駅で切符じゃなくてカードで入ったんや! と気づくも、時間はないし焦っているしでともかく新宿駅からの料金を払って先へ進んだ。

 慌てっぱなしの午後だったが、仕事も楽しかったし、極小旅行ができた。今度は終点まで乗って、カフェテリアにも行きたい。=朝日新聞2022年11月9日掲載