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どこかの挨拶 柴崎友香

 長らく更新せず眺めているだけのSNSに、なぜだか閉店のお知らせばかりが流れてくるようになった。

 よく使っているほうのSNSはフォローした人のを時系列で見られるようにしてあるのだが、この写真系SNSは開くたびに直さなければ全然知らないアカウントの「オススメ」が勝手に流れてきて、面倒だからそのまま見ていた。別の端末で検索した語句からもおすすめされているらしいので情報化社会怖い、と思いながらも放置していたら、なにをきっかけにしたアルゴリズムなのか、飲食店の「閉店のお知らせ」が並ぶようになった。

 行ったことのない店である。それどころか、遠い県の、地理が得意な私が「それどこ?」と調べてしまうようなローカルな地名が記されている。プロフィールや他の投稿を確かめると、ますます「閉店のお知らせ」だらけになり、さらにはまったく知らないバンドの解散のお知らせ、店を辞めるネイリストの退職のお知らせなど、別れの挨拶(あいさつ)ばかりの謎なSNSになった。

 閉店する店は、多種多様である。北海道の古い建物を改装したおしゃれなカフェ、九州のどこかの駅前で何十年も続いた洋食店。理由も高齢での引退もあれば、家族の成長に伴っての引っ越し、業態転換、いろいろだ。知らない店の知らない人が書いた、店を始めてから閉店するまでを数行にまとめた挨拶文を読むと、行ってみたかったなあ、と思う。ケーキやオムライスやパンがおいしそうだなあ、と思う。しかし、閉店まであと数日。遠くの知らない町のその店まで行くことはない。

 どこの町にも、誰かが訪れるおいしい店がある、としみじみする。どんな町でどんな店主でどんなお客さんが来るのか、全然わからないけど、私がよく行ったあの店みたいなところかな、と思う。

 毎日別れの挨拶を見続けるのはさびしくはあるのだが、アルゴリズムを変えてもう見られなくなるのもさびしい気がする。=朝日新聞2025年12月24日掲載