1. HOME
  2. 書評
  3. 「暴力のエスノグラフィー」書評 隔離と監視のメカニズムに抗う

「暴力のエスノグラフィー」書評 隔離と監視のメカニズムに抗う

評者: 犬塚元 / 朝⽇新聞掲載:2022年11月19日
暴力のエスノグラフィー 産業化された屠殺と視界の政治 著者:ティモシー・パチラット 出版社:明石書店 ジャンル:政治・行政

ISBN: 9784750354477
発売⽇: 2022/09/22
サイズ: 19cm/372p

「暴力のエスノグラフィー」 [著]ティモシー・パチラット

 学生時代に読んだ『自動車絶望工場』を思い出しながら本を手にした。原題は『12秒毎(ごと)に』。1分間に5頭、1時間に300頭の牛を肉にする米国の食肉工場に、身分や目的を隠して潜り、未経験者として働く。そんな調査に基づく本だ。
 衝撃的な描写が続く。昇進して品質管理を任された著者は、作業場全体の空間配置や工程を詳(つまび)らかに記録する。仕事は、121もの種類に細分化されている。
 工場が社会から隔離されて見えなくされているだけではない。内部でも働く者は互いに隔離されており、ほとんどの作業員には、命を奪う行為を目にする機会はない。単調なルーティン作業のなか、著者は、牛を殺すプロセスに加わっているとの意識を失っていく。
 こうした記録も読み応えがあるが、出色は、理論的考察だ。できれば原著と照らし合わせながら丁寧に読みたい箇所だ。著者の目的は、この工場の実態を暴くことではない。施設は、距離をつくり出して隠蔽(いんぺい)する権力メカニズムを理解する格好の事例とされ、「隠す」「見る」という観点から権力の政治理論が語られる。
 エリアスの名著『文明化の過程』は、都合の悪いものを隠す過程として文明化を位置づけたが、他方でフーコーは、監視という観点から近代の権力を論じた。「隠す」と「見る」は相反するかのようだが、著者はこの二つの「共生」を、現代の権力メカニズムに観(み)る。
 このメカニズムに抗(あらが)うのが本書の掲げる「視界の政治」だ。それは、空間的・社会的・言語的に隠されたものを可視化して暴く。誰かに牛を殺させて、誰かに戦争をさせても、それを意識すらせず恩恵にあずかる「隔たり」が問い直される。
 興味深いことに、著者は「視界の政治」の可能性だけでなく、落とし穴にも目を向けている。痛みや苦しみを可視化する営みは、共感を喚起しようとするあまり、次々に強い刺激を求めてしまう。成熟したこんな思索から学ぶことも多い。
    ◇
Timothy Pachirat 1976年生まれ。米マサチューセッツ大アマースト校教授。工場での参与観察は2004年に実施。