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「太陽が死んだ日」書評 中国の真実をもがきながら描く

評者: 阿古智子 / 朝⽇新聞掲載:2022年11月19日
太陽が死んだ日 著者:閻 連科 出版社:河出書房新社 ジャンル:小説

ISBN: 9784309208619
発売⽇: 2022/09/27
サイズ: 20cm/339p

「太陽が死んだ日」 [著]閻連科

 閻連科(えん・れんか)は自らの手法を「神実主義」と表現する。彼は2016年の東京大学での講演で、神実主義とは現実主義に対する反抗だと述べた。そこにある現実、つかみ得る現実は表面的な真実に過ぎず、内在的で覆い隠された真実を描かなければならない。欲望が極限にまで肥大化し、罪悪が蔓延(まんえん)する中国社会は花束が投げ込まれたゴミ箱のようなものであり、人の想像を超える現実は新しい方法で描写しなければならないと。
 本書で閻は、神実主義を極めようとしたのではないか。
 主人公は14歳の少年・李念念。村で葬具店を開いている念念の父は、政府によって禁じられた土葬を行った人びとを密告して金を稼いだ過去があり、いまも死者を火葬する際に出る高価な「屍油(しゆ)」をせっせと集めている。村には夢遊病者が溢(あふ)れ出し、次々に亡くなることで商売はますます繁盛する。
 どこまでも混沌(こんとん)とした世界が展開する。酒を飲みながら痰(たん)を遺体に吐きつける火葬場の作業員。自分には似ていない子どもを殺し、妻に斬殺される男。殺し合い、強姦(ごうかん)し、集団で自殺する。これらは夢の中のことか、実際に起こっていることなのか。
 少年の家の隣には閻がんでいるという。度々閻の作品にも言及する少年は、「おじさんの物語はもう少し暖かいものにできないのかな」と問いかける。
 「連科、夢遊しているのだから顔を洗ってきなさい」「誰も彼を夢から目覚めさせないで」と呟(つぶや)く閻の母。
 目覚めない中国人を描く閻は魯迅と並べ称されることもあるが、来日時「阿Qは現在の中国の代表者とはなり得ない。新しい中国的人物が必要だ」と言っていた。魯迅は封建的な統治が人民にもたらす無感覚や愚かさを阿Qに反映させた。本書には、今の中国を象徴する人物を、中国の奥深い真実を描こうともがき続ける閻の心の叫びが響き渡っている。
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えん・れんか 1958年、中国河南省生まれ。作家。原書は2015年刊。著書に『愉楽』など。2014年にフランツ・カフカ賞。